2020年12月 No.111 

 今回号の特集のテーマは「水害対策とプラスチック」。気候変動の進展により大規模水害の頻発が危惧される中、地域の安全を守るため様々な治水技術が活躍しています。雨水の流れをコントロールする貯留浸透技術も、その重要な手立てのひとつ。国が進める治水事業の中で、雨水貯留浸透技術はどんな役割を担うのか?プラスチック・塩ビ製品への期待は?公益社団法人 雨水貯留浸透技術協会(佐藤直良会長、東京都千代田区)の屋井裕幸常務理事にお話を伺いました。

特集 水害対策とプラスチック インタビュー

本格化する「流域治水」の取り組み

水害リスクの低減へ、雨水貯留浸透技術と
プラスチック・塩ビ製品の役割

公益社団法人 雨水貯留浸透技術協会
常務理事 屋井おくい 裕幸ひろゆき
屋井 裕幸

「総合治水」から「流域治水」へ

─気候変動による水害リスクが増大しています。国はどんな対策を進めようとしているのでしょうか。
 国土交通省の調査によれば、令和元年度における我が国の水害被害額は暫定値でおよそ2兆1500億円に達し、昭和36年の統計開始以来最大を記録しました。また、単一の水害による被害も、昨年の東日本台風による被害額が約1兆8600億円となっており、これも過去最大です(いずれも津波被害を除く)。気候変動で雨の降り方が変わり膨大な被害が出ている現状を、この数字は明確に示しています。
 こうした状況に対処するため、今国が最も力を入れて進めているのが「流域治水」への取り組みです。
 我が国の都市部での治水対策は、昭和50年代以降、「総合治水」をスローガンに進められてきました。「総合治水」とは「都市型水害を低減するために、雨水は可能な限り河川に出さない」ということを主眼としたもので、この考えに沿って、河川整備や下水道整備といった従来の対策と併せ、雨水の貯留・浸透対策や土石流対策などが順次実施されてきました。
 一方、「流域治水」は、「総合治水」を更に強化して、気候変動に対応した水害対策への転換を図るもので、「徹底的な全員参加で取り組む」という点に「総合治水」との大きな違いがあります。つまり、雨水の氾濫による被害を、氾濫域だけにとどまらない流域全体の問題と捉え、国、自治体、民間企業、地域住民が一緒になってハード・ソフト両面の対策を徹底的にやっていくというのが、「流域治水」の基本概念と言えます。

高まる雨水貯留浸透施設の重要性

─「流域治水」を進める上で、貯留浸透技術の役割もより重要になると考えていいのでしょうか。

貯留施設/浸透施設

公益社団法人 雨水貯留浸透技術協会

 雨水貯留浸透施設の普及による治水と水循環の健全化を目的に、関係12社(建設・設備など)が結集して平成元年、任意団体として発足。平成3年社団法人、同24年から公益社団法人。令和2年現在、正会員24社、賛助会員45社。
 ①調査研究(貯留浸透設備を開発するための技術基準や指針の整備など)、②評価・認定(民間が開発した貯留浸透技術を普及させるための技術評価など)、③技術基準等の活用(技術指針や手引書の刊行など)、④普及・啓発(講習会開催や定期刊行物発行など)、の4事業を柱に活動を展開。貯留浸透設備の開発指針が整備されたことで、これまで困難だった定量的な評価が自治体の治水計画の中にきちんと位置付けられるようになるなど、数々の成果を上げている。

 「流域治水」では、洪水や豪雨時だけでなく、流域全体で普段の水循環を良くする、雨水をゆっくり流してやるということが大切になります。従って、雨水貯留浸透施設の重要性もますます大きくなっていくものと考えられます。自治体も貯留浸透施設をもっと普及していかなければという意識を強めているので、我々の技術が治水事業の随所に生かされていく方向にあると言えます。
 国土交通省の令和3年度水管理・国土保全局関係予算の概算要求の中でも、堤防等の治水施設などと並んで、「流域の雨水貯留浸透施設等の整備」が主要項目に上げられており、河川管理者や地方公共団体、さらには民間企業の行う施設整備に、補助金の拡充や税制面の支援強化などを行っていく計画になっています。

 
貯留施設/浸透施設

「流域治水」の考え方

 河川、下水道、砂防、海岸等の管理者が主体となって行う治水対策に加え、集水域と河川区域のみならず、氾濫域も含めて一つの流域として捉え、その流域の関係者全員が協働して、以下の事業を総合的かつ多層的に取り組む

  • 氾濫をできるだけ防ぐための対策(氾濫を防ぐ堤防等の治水施設や流域の貯留施設等整備)
  • 被害対象を減少させるための対策(氾濫した場合を想定して、被害を回避するためのまちづくりや住まい方の工夫等)
  • 被害の軽減・早期復旧・復興のための対策(氾濫の発生に際し、確実な避難や経済被害軽減、早期の復旧・復興のための対策)
    (出展「令和3年度水管理・国土保全局関係予算概算要求」)

プラスチック空隙貯留浸透槽に注目

─プラスチック製品については如何ですか。
 雨水貯留浸透施設は、貯留施設と浸透施設、および両者の併用型に大別されます(図参照)。プラスチックを用いた施設でも大小様々な製品が開発されていますが、その中で近年注目されているのが、併用型のプラスチック空隙貯留浸透槽(地下貯留浸透槽)です。
 地下貯留浸透槽は、地下空間に設けた貯留槽へ雨水を導き、側面および底面から地中へ浸透させるもので、プレキャストコンクリート製とプラスチック製がありますが、工期が短くコストが安いプラスチック製が相当なスピードで普及しています。当協会の調べでは、令和元年の実績だけで、コンクリートの約14万㎥に対してプラスチックは約75万㎥。累計件数で言うと、プラスチック5万8000件、コンクリート2100件と、既に6万件近い施設が、駐車場や公園、校庭の地下などに設置されています。樹脂の種類はPPやPEが中心で、塩ビ製は多くありません。塩ビの場合は、浸透マスやマンホールなど、雨水を流す経路の中で使われる製品がメインになっています。

プラスチック製空隙貯留浸透槽の施工風景
プラスチック製空隙貯留浸透槽の施工風景

プラスチック業界への提言

─雨水貯留浸透施設の開発に関して、プラスチック業界に対するご意見があればお聞かせください。
 空隙貯留浸透槽について言うと、今の製品はリサイクル材を使っているので環境面でもプラスなのですが、注意してほしいのは、リサイクル材を使うなら、ちゃんとした品質管理をしてマーケットに出さなければならないということ。そのためには適正な価格で販売し、健全な市場を作って欲しいと思います。
 塩ビ製品については、雨水を流すという機能だけでなく、安全な水資源の循環というSDGs(持続可能な開発目標)にも寄与する役割を担っている、といった点も意識して製品開発に取り組んでほしいと思います。