2015年3月 No.92
 

●PRファシリテイターという仕事

 実は、肩書きのPRファシリテイターという言葉は私の造語です。ファシリテイトは、促す、分かりやすくする、つなげるといった意味の英語ですが、2010年にLepre(レプレ)を設立したときに、自分の仕事の目的とか、自分の立ち位置とかがひと言で相手にわかってもらえるような名前がないかなと思って、いろいろ考えたんですね。
 もちろん広報は広報なんですけど、私がやろうと思っていたのは「こういうものができました」みたいなニュースリリースを出して、はい終わり、といった通りいっぺんの広報じゃなくて、生活の中の優れたデザインやものづくりのストーリーを人々に伝えるような仕事をしたいということでした。
 そうだとすると、単にフリーランスの広報とか広報担当とか言ったんじゃ何か違うなあという気がして、あれこれ悩んだ末にPRファシリテイターという言葉を考え出したわけです。

●企業活動の川上から川下まで

 こういう広報に対する私の考え方は、独立するまで勤めていたカッシーナ・イクスシー(CASSINA IXC. Ltd. イタリアモダンファニチャーのトップブランドCassinaを取扱うインテリアショップ。港区青山に本店がある)での経験が大きく影響しています。
 私はここで13年間、一人で広報を担当していたんですけど、カッシーナ・イクスシーという会社は、早くから家具のSPA(specialty store retailer of private label appeal 企画から製造、小売まで一貫して行うビジネスモデル。製造小売)に取り組んできた会社で、広報についても「製品を生み出すところからコミットするように」というのが社長の教育方針でした。つまり広報が企業活動の川上から川下まで関わるわけです。本来、広報というのは川下の仕事なんですけど、その製品の川上から関わることで、川下で人に伝えるとき非常に深い考察の中でストーリーを語れるようになんですね。
 そういう仕事をしていく中で、私はずいぶん鍛えられましたし、広報担当者としての体幹のようものを作ってもらったと思っています。
 PRファシリテイターという言葉も、せっかく育てていただいたんだから、その経験をどうしても生かしたい、という思いから生まれたものといえます。

●「あなたしか、いない」

 Lepreを設立して最初の仕事は、まったくインテリアと関係ない時計メーカーからの依頼でした。そのメーカーが某有名デザイナーを起用したことに関しての発表会だったんですけど、そのときメーカーの方から「デザイナーの気持ちも、メーカーの気持ちもわかった上で、ブランドの広報もできるという人はあなたしかいない」と言われたんですね。確かに私はカッシーナ・イクスシーでSPAに携わったことで企業のいろいろな場面を経験していましたし、そういう広報をやったことのある人は他にいなかったかもしれません。それでも、その仕事をやったときは「ああ、私ってこんなこともできるんだ」って、自分で自分に驚くような思いでした。
 お陰で、最近はビッグサイトで年2回開かれるトレードショー「インテリア・ライフスタイル展」のトークセッションを担当したり、2016年の有田焼創業400年祭に向けて佐賀県が進めているプロジェクトのお手伝いをしたり、仕事の幅も広がってきました。佐賀県のプロジェクトのほうは、有田の良さを知って窯元を訪れていただこうという国内向けのプロジェクトですけど、これも初期の段階から携わって、多くの窯元の方々のお話を聞くことができました。

●ジャパンクリエイティブでの仕事

 ジャパンクリエイティブでの仕事も大きいですね。ジャパンクリエイティブは、最近日本のものづくりに元気がないという危機感から発足した組織で、「日本の伝統工芸の美意識とそれを裏打ちしている技術をもっと国内外に発信したいので手伝ってほしい」とお声をかけていただいたことから、事務局スタッフとして参加することになりました。ただ、日本のものづくりというのは別に伝統工芸だけじゃなくて、伝統産業も最先端産業もあるわけで、時代は違っても、その根底に脈々と流れている日本の美意識は同じだと思うので、私のほうからも提案して、伝統産業も最先端も視野に入れて仕事をしています。いろんな人とお目にかかって話を伺ったり、書物から知識を入れたりもしますけど、やっぱり現場に出掛けてみるのがいちばんですね。
 仕事の内容は幅広いんですが、中でも、日本のものづくりの力と国内外のデザイナーがコラボして新しい製品開発に取り組むというプロジェクトが大きくて、この場合は、まず私たちスタッフやメンバーのデザイナーがテーマにしたい素材を検討して、理事会の決定を経た上で、マニュファクチュアとデザイナーにコンセプトを伝え、両者のコミュニケーションを取りつつ製品化を実現していく、という手順で作業を進めています。

ジャパンクリエイティブ

 一般社団法人 ジャパンクリエイティブ(港区南麻布)。代表理事はデザイナーの廣村正彰氏。
 日本のものづくりの美意識の可能性を引き出し、展覧会や製品化を通じて国内外に広く発信していくことを目的に、建築、グラフィックデザイン、出版などの関係者有志により設立。日本のものづくり力と国内外トップデザイナーとのコラボレーションによる作品制作プロジェクトのほか、展覧会の開催、製品化支援、クリエイターの発掘・育成を通した地域産業および日本のデザインの活性化事業、広報活動などを幅広く展開し、伝統工芸、産業、先端技術を多角的な視点で捉え、新たな価値を提案している。

●異なる世界の出会いから何かが生まれる

 これまでにカーボンファイバーや南部鉄器、ソフトPVCなどを素材に製品化してきましたが、この2月にはストックホルム・ファニチュア&ライト・フェア2015(2月3日〜7日、北欧最大級の規模を誇る家具とインテリアの国際見本市)に出展して、新しいプロジェクトを発表する予定です。今度取り上げるのは、福井県のシリコン、高知県の虎斑竹、長崎県の波佐見焼の3つ。最先端と伝統工芸と伝統産業がすべて揃った形です。
 シリコンの場合だと、生産量はドイツやアメリカのほうが多いんですけど、日本はものすごく透明なシリコンでコップを作るとか、スペシャルなことができる会社が多いんです。まずそういうことを調べた上で、福井のメーカーの方にお目にかかって「ご自分で気づいていない強みや特徴を、まったく違う視点、価値観で引き出すプロジェクトに参加していただけませんか」と提案したわけです。デザインのほうはフランス人のデザイナーにお願いしました。化学原料の素材とはおよそ無縁な方なんですが、そのぶん新鮮な目で何の衒いもなく素材を見てくれるんですね。虎斑竹でも波佐見焼でも、そういう異なった2つの世界の出会いから新しい何かが生まれてくることを期待しています。

●マレビト信仰とものづくり

 建築家の内藤廣先生(東京大学名誉教授。ジャパンクリエイティブ設立時の中心メンバーで、現名誉理事)が言っておられるように、日本人というのは、異界からやってきたマレビトを迎え入れ、もてなして、その知恵を日常生活に活かしていくという感覚が、昔から強かったんですね。
 このマレビト信仰の説を最初に唱えたのは民俗学者の折口信夫ですが、確かにそう考えみると、焼き物でも工業製品でも、外からの刺激を消化して、それをさらに発展させる力、技術というものが、どういうわけか、どの時代でも日本人にはあるらしいので、私たちも、日本のものづくりの新しい力をマレビトに引き出してほしいと思ってプロジェクトに取り組んでいるわけです。
 ソフトPVC素材を使った「awa」(下の写真)なんかでも、デザインをお願いしたエマニュエル・ムホーさんは、それまでソフトPVCを扱ったことがなかった方ですけど、その優れた色彩感覚と日本のものづくりの力が出会って、新しい反応が起きたんだと思います。

  ジャパンクリエイティブのプロジェクトとして、「アンビエンテ2014」(フランクフルト、2014.2.7〜11)に出品された<awa>。ソフトPVCを素材に、フランス人建築家のエマニュエル・ムホーさんがデザインした作品で、塩ビの特性を利用した色彩の美しさに注目が集った。
写真:Japan Creative photo by Nacása & Partners    

 

●「言語化」する力の大切さ

 日本でも外国でも、素晴らしいなあと思うものづくりには共通点があります。なかなか上手い言葉が思いつかないんですけど、言わば品位のようなもので、例えば日本の家内工業のようなところのものでも、何百億も売り上げるようなヨーロッパの生活雑貨のブランドでも、いいなと思うものには必ずそれがあります。しかも製品やものづくりの姿勢だけではなく、お客様との接し方、カタログの作り方ひとつ取っても、それを受け取った人の生活のためを考えて作っている。
 発信者都合じゃない、受け手への思いを馳せる姿勢というか、どこの国だろうと何人だろうと、会社の規模も関係なく、一貫して通じる品位があるんですね。そういうものが受け手にも伝わって「素晴らしい」と感じられるんだと思います。
 そういう品位を失わない限り、私は日本のものづくりの将来をまったく悲観していません。若い才能ある人たちだってたくさん出てきているし、内外の人的な交流も進んでいます。
 もし日本のものづくりに足りない点があるとすれば、それは言語化の力です。海外のメーカーの人やデザイナーは自分たちの製品についてすごくしゃべります。なぜこれがいいのか、どうして可愛いのか、といったことを徹底して説明する。品位あるものづくりは大前提ですけど、その上に「なぜならば」という言語が加われば、そのものはより強くなるのです。
 多くを語らず誠実に仕事をするという日本人の美意識はすごく大事だし強みだと思いますが、それだけに甘んじていてはいけない。言語化とは「考えを持つ」ということですから、私自身にとっても、ものづくりのストーリーを伝えるという仕事を続けていく上で、とても大切だなと感じています。【取材日2015.1.15】

略 歴

なつめ・やすこ

 PRファシリテイタ− 大学でマスコミュニケーションを学んだ後、出光美術館、PR会社勤務を経て、1997年から2009年まで CASSINA ixc. の広報を担当。2010年春 Lepre(レプレ)を設立。建築、インテリア、プロダクトデザイン分野を中心に、企画・制作・運営などのプロジェクト・マネジメント業務、プレス業務を手掛けている。