2011年6月 No.77
 

「ことばのちからで街おこし」
松山市の取り組みに、塩ビもひと役

耐久性、印刷性など「素材の力」を生かして、モニュメントや垂れ幕の材料に

 正岡子規ら著名な俳人、歌人を輩出した伊予松山は、古くから言語文化の豊かなお国柄。その松山市でいま、市民と行政一体の「ことばのちから」による街おこしが進行中です。このユニークなカルチャームーブメントに、塩ビならではの「素材の力」がひと役買っている、との情報を得て、取材班は、いざ松山へ。

●芥川賞作家・新井満氏の原稿用紙

 松山市総合コミュニティセンター(松山市湊町)の1階ロビーに足を踏み入れると、目の前の床いっぱいに広がる巨大な原稿用紙。いったい、これは何なんだ?

 「2000年に市が主催した街おこしプロジェクト<あなたのことばで元気になれる「だから、ことば大募集」>の入選作に触発されて、芥川賞作家の新井満さんが創作した『この街で』の手書き原稿を約1600倍に拡大したものです。パーツごとに印刷した塩ビシート48枚を貼り合わせています」と説明するのは、「松山ことばのちから実行委員会」の山内敏功実行委員長(ビンデザインオフィス代表取締役、愛媛大学客員准教授)。

市役所の総合受付に 関係者そろって記念撮影
(中央および左下が山内さん)

 「ことば大募集」プロジェクトは、当時の中村時広松山市長(現愛媛県知事)が、「ことばのちから」で松山を活性化しようと、市民の代表で組織した「実行委員会」と共に立ち上げたもので、このとき集った1万2001点の中から市長賞に選ばれたのが、松山生まれの主婦・桂綾子さんの作品「恋し、結婚し、母になったこの街で、おばあちゃんになりたい!」。その後、2005年3月に日本ペンクラブの「平和の日の集い」で松山を訪れた新井満さんが、たまたまこの言葉を目にして感動、「このコンセプトで歌を作ったらいい曲になる」と、一晩で『この街で』を書き上げ、翌日、ピアニストの三宮麻由子さんと即興で曲を付けて会場で披露したのです。以来、『この街で』はフォークデュオのトワ・エ・モワをはじめ10人もの歌手によりCD化されるなど、「今ではすっかり松山市民の愛唱歌になっている」(山内さん)といいます。

●踏まれてもいいんだよ

(上)消しゴムの跡もリアルに再現
(下)補修も、殆ど目立たちません

 冒頭にご紹介した床上の原稿用紙の正体は、昨年9月、『この街で』が生まれて5年が経過したのを機に、誕生の地である総合コミュニティセンターに設置された記念のモニュメントでした。
 松山市の担当者によれば、「最初は、市民がその前で記念写真を撮れるような石造りとか壁掛け式のものを発想したのですが、新井満さんに相談したところ『床のほうがいい』とおっしゃる。ご自分の原稿が足で踏まれたら嫌なんじゃないかと思いましたが、新井さんは『踏まれてもいいんだよ。市民に身近なモニュメントになれば』ということで、この全国にも例のないモニュメントが誕生した」とのこと。
 素材に塩ビが選ばれたのは、耐久性と印刷性に優れることが評価されたためです。「人の通行が激しく、イベントにも利用される場所の床には、強度があって傷つきにくい塩ビが最適と判断しました。また、文字のかすれや消しゴムで消した跡まで、鉛筆書きの味わいを印刷で忠実に再現できるのも塩ビしかありません。補修や施工が楽ということも魅力で、モニュメントの施行もたった1日で完了しました」(同担当者)
 モニュメントのサイズは10m×12m。アルミの上に塩ビシートを貼り、その上をさらに透明なシートで覆って強度を補っています。全国紙で報道されてから他の自治体も興味を示し、「同じものを作りたいから写真を送ってくれ」というところもあったとか。

●「ことばのちから」を塩ビがサポート

松山城リフト下の
安全ネットにも
『だから、ことば大募集2010』の入選作

 「子規や漱石、司馬遼太郎らと縁りの深い松山は文学の街。松山市民にとって言葉は非常に大切なものです。昨年は『だから、ことば大募集2010』の名で10年ぶりにプロジェクトが復活(テーマは「絆」)、今年2月に入選作の表彰式が行われましたし(市長賞は美山重功さんの「亡き父の靴履いて出かける入社式」)、毎年夏に開催される『俳句甲子園』も、高校生を対象にしたユニークな俳句選手権として定着しています」(山内さん)

 松山の街を歩くと、市役所はもちろん、伊予鉄道の路面電車の車体や松山城のロープウエイなど、至るところに「ことば大募集」の入選作が掲示され、市民に親しまれているのを見ることができます。そして、あえて付け加えれば、これらの言葉をプリントした大垂幕もすべて塩ビ製。
 「ことばのちから」を塩ビがサポートする、そんなフレーズがふと頭に浮かんでくる松山の街でした。