2010年6月 No.73
 

「無暖房な住宅」をめざして2
−開発の状況と今後の課題

信州発・究極の省エネ住宅、いよいよ普及段階。年内10棟の建設計画も

  リフォーム長野が建設した「無暖房な住宅」(長野市)
 塩ビサッシ・塩ビサイディングを採用して施工
 前回、本誌で「無暖房な住宅」を取り上げてから1年半(No. 67/2008年12月号)。この間、長野市内では2棟の住宅が完成し、新たな建設計画も進むなど、信州発の「究極の省エネ住宅」は、いよいよ普及段階を迎えようとしています。取り組みの主導者・山下恭弘信州大学名誉教授(工学博士、現山下研究室主宰)のお話と、生活現場の声から、開発の現況と今後の課題などを取材しました。

●実験住宅を経て「無暖房な住宅」2棟建設

山下博士  

 「無暖房な住宅」とは、壁や窓、天井などをきっちりと断熱した上で、家電機器や人体の発熱、さらには太陽熱を上手に利用して、暖房の使用を限りなくゼロに近づけた住宅のこと。夏場も早朝の清涼な空気を取り入れたり、わずかの冷房を使用するだけで快適な室温を維持できるため、年間のエネルギー消費を大幅に低減することが可能です。
 山下博士がこうした高気密高断熱住宅の発想を得たのは既に25年以上も前のことで、1988年には産学協同の研究組織SAH会(信州の快適住宅を考える会)を立ち上げて基礎研究に着手。その後、ヨーロッパでのパッシブハウス(※ドイツや北欧で建てられている高性能省エネ住宅。1991年ドイツのパッシブハウス研究所によってスタンダードが作られた。冷暖房設備などの使用を極力少なくし、自然エネルギーの恵みを受けるという意味でpassiveの語を用いる)開発の動きなども視野に入れながら、日本独自の規格と技術の完成をめざして活動を続け、2005年8月には信州大学構内に実験住宅を建設して通年のデータ採取に取り組んだ結果、寒さの厳しい1月でも「内部発熱のみの無暖房で室温は平均20℃以上」という高度な省エネ(国の次世代省エネルギー基準の1/8以下)を実現できることが明らかになりました。

信州大学実験住宅の断面図

 その一方、山下博士が「普及の最大の鍵」と見る採算性(一般住宅並みの価格)を実証するため、博士の考えに共鳴した長野市の建設業者・リフォーム長野と連携、「坪単価55万円程度で太陽電池搭載の無暖房な住宅」を建設、実売する挑戦が2008年の暮れからスタートしました。
 ここまでが前回の記事でお知らせした動きですが、今回、1年半ぶりに訪れた長野市では既に2棟の無暖房な住宅が完成していたばかりでなく、新たに10棟の建設計画も進むなど、さらなる広がりを見せています。

●徹底的な断熱、省エネ設計。塩ビ建材も一役

 長野市内に建設された「無暖房な住宅」の2棟は、リフォーム長野の住居兼事務所(建坪数約41坪)と一般民家のK氏邸(同65坪)ともに木造2階建て。
 断熱仕様は2棟とも同じ(標準仕様)で、まず壁については、内部に厚さ40cmのグラスウール(GW)を用いた上、外装材に塩ビサイディング、室内側に気密シートと石膏ボードを施工。壁全体の厚みは胴縁(壁にボードなどを取り付けるための水平材)の部分を含めて約50cmに達します。

壁の断面(左側が外壁面)   3層ガラス塩ビサッシの構造

 床は20cmのGWの上に発泡ポリスチレン(10cm)と気密シートを敷き詰めた構造で、天井も60cmのGW吹き付け。また、窓にはアルゴンガス充填層と真空層を挟む3層ガラスの最新式塩ビサッシを採用しているほか(左の図)、屋上には発電量3.2kWの太陽光発電パネルを搭載。換気システムも熱交換型の24時間換気システム(熱交換率約70%)を採用するなど、徹底的な断熱、省エネ対策が施されています。

長野市の高台にあるK氏邸

 両棟とも、山下研究室が消費エネルギーのコストを実測して、本当の省エネ住宅であることを実証する取り組みを行っています。現在そのデータ収集と解析が行われていますが、これまでのところ、外気温0℃の場合でも、照明や家電人体の発熱と日射だけで室内温度は20℃程度に保たれること、冬季の電気代は3000円から5000円、夏はほぼゼロで、年間2万円程度の負担で全ての光熱費が賄われることなどが確認されています。

●外気−10℃で室内約20℃(無暖房時)

向田社長  

 建設を担当するリフォーム長野の向田明社長に、実際の住み心地と今後の事業展開について話を聞きました。
 「自分で住んでみないと人に勧められないので、2008年の12月にこの家を建てて生活しはじめたが、正直ここまで違うとは予想していなかった。これまでのデータでは、外気との温度差は最大で28℃以上。朝方−10℃弱のとき、全く暖房を使わずに20℃近くを記録している。断熱がしっかりしていると外気温の影響をあまり受けずに一定の温度が維持されることを実感できた。近所の家は冬場の暖房費が月3万円近くにもなるのに、ここでは暖房を使っていないと言うと見た人はみんなびっくりする。妻も、電気代が掛からない上、冷え症にはいいし、室内園芸もできると喜んでいる」

リフォーム長野の室内の模様

 リフォーム長野の家はモデルハウスとして公開されており、K氏邸もその様子を見てもらった上で建設されたもの。こうした実績をもとに、同社では今年中に10棟を新たに建設する計画で、既に3棟は成約済みになっているとのことです。「とにかく一棟でも多く作りたい。適正な価格であればこの住宅は必ず広がっていく。微々たる力でも、この長野の地から地球温暖化防止の一翼を担いたい」

●今後の課題は、ネーミングやコスト低減策の検討など

 山下博士は、これまでの成果について「実際に坪単価55万円程度で2棟建設できたことが最大の成果」としています。「普及の最大の鍵となるのは、何と言ってもリーズナブルな価格設定。ランニングコストが安くても、イニシャルコストが在来住宅の坪単価50万円に対して80万円以上というのでは誰も作らない。それを地元の工務店の手で実現したことは大きな意味がある」
 一方、今後の課題としては「無暖房な住宅」という用語の問題や、さらなるコスト低減、家の履歴書(家歴書)の整備などをすることと、「冷暖房は原則ゼロにするのが基本方向だが、寒暖の感覚には個人差があり、特に高齢者には多少の暖房がどうしても必要になる場合もある。従って正確には無暖房というより可能な限り無暖房になる家ということで、現在はとりあえず『無暖房な住宅』という言葉を使っているが、よりわかりやすくインパクトのあるネーミングを考えて社会の認知度を高めたい」
 コスト低減策については、現状の基本性能を維持しての仕様、規格の多様化(40cmのGWを30cm程度に抑える断熱工法の検討)や換気システムと冷暖房システムの分離などがポイント。現在使われている換気と冷暖房一体型のシステムを完全に分離すれば大幅なコスト低減が可能だといいます。また、家歴書の整備は「断熱改修した中古住宅に相応の価値が認められるようにする」ための必須条件となるもので、山下博士は「新たな10棟の建設を進める間に、安定供給の建材商流、融資、良心的な設計施工と検査システムの構築などの課題への対応策を確立したい」としています。
 最近は、山下博士の監修で建設された介護サービス施設(長野県茅野市「桜ハウス」)が年間冷暖房費用の大幅削減に成功するなど、他方面からの注目を集め始めている「無暖房な住宅」。10棟建設計画の実現で、その普及にさらなる弾みがつくことが期待されます。