2008年9月 No.66
 

千葉大学「ケミレスタウン」の最新情報

シックハウス問題の解決へ産官学が連携。塩ビ建材にも期待される役割

ケミレスタウンの全景
 千葉大学の環境健康フィールド科学センター(千葉県柏市、千葉大学柏の葉キャンパス内)が、シックハウス症候群の解消をめざして取り組んでいる「ケミレスタウン・プロジェクト」。その動きに、今関係者の注目が集まっています。壁紙や床材などインテリア建材としての需要が多い塩ビ製品も、問題解決へ向け役割の一端を担うことが期待されています。

タウン内の説明をしていただいた
戸高恵美子さん
●「健康的な家づくり、街づくりのモデル」を提示

 住宅の建材や家具、家電製品などに含まれる様々な化学物質の影響で、頭痛や吐き気、めまいなどの症状が起こる「シックハウス症候群」。日本におけるその患者数は正確には特定されていませんが、一部には、学校の教室で起こる「シックスクール」やオフィスでの「シックビル」なども含めて100万人を超えるとする見方もあり、その実態解明と予防対策の確立が急務となっています。
 国の対策としては、厚生労働省がシックハウス症候群の原因物質と考えられるVOC(揮発性有機化合物)のうち、ホルムアルデヒド、トルエンなど13物質について室内濃度の指針値を示しているほか、国土交通省や文部科学省も原因物質の一部について使用規制や定期検査のガイドラインづくりなどを行っていますが、実際には数百種類あるとも言われるVOCをトータルに低減していくためには、国や自治体はもとより、医療機関や建設・建材業界などの協力が欠かせません。
 千葉大学環境健康フィールド科学センターのケミレスタウン・プロジェクトは、こうした状況に対応し、産官学連携して「シックハウスのない健康的な家づくり、街づくりのモデル」を提示しようという取り組みで、具体的には、センター敷地内に、可能な限り化学物質を低減した4棟の住宅型実験棟(戸建住宅)と2階建てのテーマ棟、庭園などからなるモデルタウンを建設し、2007年〜2012年まで5年間にわたり、VOCの放散値測定や、シックハウスに悩む子供たちの試験滞在と症状改善のデータ収集などが進められることになっています。
 関係企業としては、住宅メーカー、建材メーカーなど22社が参加しており(2008年8月現在)、塩ビ業界からも、壁紙・床材のメーカー3社(アキレス(株)・関東レザー(株)・ロンシール工業(株))が参加して「トータルVOCを低減した壁装材、床材」の共同研究に取り組んでいます。

●シックスクール対応のオール塩ビ教室

講義室(2階左端)や図書館などが入った
テーマ棟
壁紙、床材、天井までオール塩ビの講義室
 千葉大学環境健康フィールド科学センターの戸高恵美子助教に、1年余りを経過したプロジェクトの現状を伺いました。
 「去年の4月に住宅型実験棟が完成してから、これまでに季節ごとに5回のVOCの測定を実施しました。一般にシックハウス症候群の原因物質として測定の対象となるのは40物質程度ですが、ここでは東京都健康安全研究センターとの共同研究で116物質の精密分析を行っています。4棟の住宅型実験棟は、天然系の素材にこだわった家、化学系の素材でもよりVOCの発生が少ないものを厳選した家など、各メーカー独自の創意工夫を取り入れて施工されたもので、化学系の素材を多く使った家でも、トータルのVOC濃度は1年を通じて非常に低く抑えられています。要は、自然素材か化学素材かということよりも、メーカーの工夫と努力次第でより健康影響の少ない家ができるということだと思います」
 一方、テーマ棟の中には、「シックハウス症候群を予防できる街」を模して、学校の講義室やクリニック、図書館などを想定した部屋が作られていますが、このうち、昨年11月に完成した2階西側の講義室では、壁紙、床材、天井板まで全面に塩ビ製品を施工して、シックスクールに対応した教室づくりの研究が進められています。
 「子どもたちがシックスクールになる原因としては、建材そのものの影響のほか、教室の床に塗られたワックスの影響なども指摘されています。オール塩ビの講義室は『ワックスを塗らずに水拭きだけでメンテナンスできるVOCの少ない教室』のモデルとして設計したもので、測定の結果は今のところ非常に順調。空っぽの状態での測定だけでなく、VOC対応仕様の机やイスを入れて24時間サンプリングした結果でも、殆ど数値は上がっていません」(戸高助教)
 室温が上昇する夏場の測定をしてみないと最終的な判断はできないとのことですが、「シックスクールについては恐らくこのモデルで十分対応できる」と見られています。(この講義室の研究成果は4月29日放送のNHKニュース7で紹介されました)

●VOC対応のポイント「徹底した製造工程管理」

 「私たちは塩ビ製品がすべてOKだと言っているわけではありません。ポイントは、住宅型実験棟と同様、細心の注意を払って手を抜かずに作るという姿勢があれば、VOCの少ない製品がちゃんとできるということなのです。今回、協力してもらった塩ビ壁紙・床材メーカーは、原料を化学分析して選定すると同時に、製品の製造過程では徹底的に不純物を混入させない努力をしています。施工段階でも接着剤の種類などを含めて細かい注意を払っています。革新的な技術を発明したといったカッコいい話ではなく、原材料及び製造工程の管理をとことん厳しくするという地味な対応が、良好な測定結果につながっているのだと思います」
 プロジェクトでは、この秋から本格的な患者の滞在実験をスタートさせるほか、医療相談や診察を行うための「環境医学診療科」も稼動させる計画で、将来的には、プロジェクトの実験結果を柏の葉キャンパス駅周辺の街づくりなどにも生かしていきたいとしています。



参加企業など皆の連携で「より良いモデル」の普及をめざす

千葉大学環境健康フィールド科学センター副センター長 森 千里氏(同大学医学部教授)

 
  ケミレスタウン・プロジェクトの基本的な狙いは、シックハウスやシックスクールにならない健康な空間のプロトタイプを社会に示すことにある。これまでのところ、化学物質の濃度測定を中心に作業を進めてきたが、2008年秋以降、シックハウスに悩む家族が実際に短期間実験棟内に滞在し、症状の改善を図ることができるようにする計画だ。化学物質の健康影響は、計測データだけでは正確に評価できない。最後は体感評価で確かめて、その結果に基づいて必要があれば設計を改良していくことになる。
 最終的には、シックハウスに対応した子ども部屋、寝室、病室、教室といったいくつかのパターン別に、「こうすれば本当にいいものができる」というガイドライン(化学物質のデータも建築のプロトコルもしっかりしていて、再現性があり、人の体感評価でも問題ないというもの)を作りたいと考えている。そして、参加企業を含めた皆の連携で、より良い、より経済的なモデルが世の中に普及するよう活動していきたい。(談)