2005年12月 No.55
 
エコロジカルな経済をめざして

  今こそ、グリーン・システム作りの時。日本
  は環境配慮型設計で世界をリードせよ

 

 
 
 慶應義塾大学 経済学部教授  細田 衛士

●循環型社会をどう構築していくのか

 
  これまでの経済活動、あるいは経済学にしても、製品の循環に関しては、その一部しか扱ってきませんでした。基本的には、抽出した資源を設計・製造工程に投入し、生産、物流、販売、消費して終わりということで、使用後の製品がどのように流動していくかという点には殆ど目を向けてこなかったのです。小規模経済の中で天然の資源だけを利用していたときはそれでもよかったかもしれません。しかし、経済規模が拡大して、化学的な合成物質を利用するようになってくると、使い終わった製品が排出されてどうなるのかを考えないと自然を大きく狂わせてしまうということがわかってきました。
 そういうほころびが、いちばん最初に顕著な形で現れてきたのが公害問題です。公害問題については、特定の悪い企業が危険なものを排出して人々の健康を害した、というピンポイント的な見方もあり、もちろんそれはそれで大切な視点ではありますが、もっと大きく見れば、自然の循環を顧みず生産だけを一方的に考えてきた世界の破綻であり、経済全体の仕組みの破綻だったと言わなければなりません。
 経済というのは、自然の大きな循環の中のひとつの小循環に過ぎないのに、その小循環がそれを取り巻く自然、生態系に大きな影響を与えるようになってしまった。その結果が廃棄物問題、地球温暖化問題であり、さらにはダイオキシンや環境ホルモンといった問題も発生してきました。最早、自然や生態系への影響を考えずに生産を続けることは不可能であり、このバランスをどう回復していけばいいのか、そして循環型社会をどう構築していくのかということが、現代の企業も学者も問われています。
 

●リスクとベネフィットのバランス

 
  循環型社会の構築という点で、西暦2000 年というのは日本にとって画期的な年だったといえます。循環型社会形成推進基本法ができ、リサイクル法が資源有効利用促進法に改正されて、廃掃法も生まれ変わった。容器包装リサイクル法や家電リサイクル法、自動車リサイクル法など、循環型社会へ向けた個別法の整備も進みました。
 ただ、ここでどうしても考えておかねばならないのは、リスクとベネフィットのバランスという問題です。モノのリスクをゼロにすることはできないのですから、特定の製品なり化学物質なりを魔女狩り的に攻撃するのではなく、しっかりとその循環を捉えて、どうやってリスクとベネフィットのバランスを取ったらいいかを考えていくという姿勢が、循環型社会を作る上では不可欠なのです。
 もっとも、バランスという言葉も曲者で、公害対策基本法制定(昭和42 年)の時にも経済調和条項という規定があったために、その後の被害の発生を抑え切れなかった、という事実がある。私の言うバランス感覚とは、ファクト・ファインディング、即ち事実の集積に基づいたリスク分析をしっかりやった上で、どういう政策を立てるべきかを冷静に判断することが必要だということです。
 私がいま危惧しているヨーロッパのRoHS 規制(2006 年7 月1 日以降、電気・電子機器について鉛、水銀、カドミウムなどの危険物質6 品目を、一部例外を除き使用禁止とするもの)の問題なども、その6品目について正確なリスク分析が行われたのかどうか大変疑問です。例えば、鉛を禁止することは本当に正しいのか。ハンダから鉛を取り去ってビスマス(蒼鉛)に代えるというけれど、それがどれだけ有効なのか。もちろん、カドミウムのように明らかに害のあるものを予防原則的にチェックすることは大切ですが、リスクとベネフットを冷静に分析しないで鉛を悪者にするのは非常に問題があると思います。
 

●メーカーに課せられた責任と役割

 
  ある意味で、これは塩ビの問題にも当てはまることです。塩ビは一時ダイオキシン問題で騒がれましたが、このことについても、塩ビを使うことのメリット、デメリットを評価した上で、使うべき場所や用途、使い終わった後の循環システムを、トレーサビティの確保も含めてきっちりと決めていけば、メリットを生かしながら塩ビを使っていくということは十分考えられるし、むしろ、塩ビをなくしてしまうことで、無駄なコストやエネルギーを使ったり、却って安全性を損ったりする場合もありうるということを考えておく必要があると思います。
 トレーサビリティについては食品の分野でも課題になっていますが、ある製品のメリットを利用しつつリスクを最小限にコントロールしていくには、その製品の履歴がきちんとトレースできて管理できる仕組みが絶対欠かせません。そういう仕組みも含めて、リサイクルなりリユースなりの適正処理システム
を作ることが必要です。
 但し、こうしたリスク分析やシステムづくりの責任は、基本的にメーカー、業界に課せられているということは忘れないでいただきたい。メーカーは自社の製品についていちばん多く情報を持っているわけですから、その製品の環境負荷を少なくする上で最も大きな役割を担わなければならないし、説明責任も負っています。これまでは企業秘密の壁があって製品情報はなかなか伝わりにくかったのですが、環境負荷低減のためには各段階でスムーズに製品情報が伝わっていく、あるいは、少なくとも環境保全するための最低限必要な情報がトレースできるようにしなければなりません。
 メーカー・業界は自らイニシアティブを取って、そういうシステムづくりに取り組んでいってほしい。拡大生産者責任(製品の生産・使用段階ばかりでなく、廃棄・リサイクル段階まで生産者が責任を負うという考え方=E P R )というのも、要はそうした考え方のひとつなのであって、循環型社会形成推進基本法でも個別リサイクル法でもすべてそれを取れ入れていると言っていいと思います。
 

●日本が「世界のスタンダード」になる日

 
  日本のメーカーは、EPR という考え方が出てきた当初はみんな尻込みして、抵抗も大きかったけれど、最近は理解が進んで、もう大半の企業はEPR が嫌だなんてことを言わなくなっています。それは、製品の静脈に対応することで付加価値がつく、もしかしたら世界のマーケットを取れるかもしれないということに気づいたためだと思います。それに、法制度の面でもこれだけ基本法や個別リサイクル法が整備されれば、もう後には引けません。あとは法律に盛られたシステムをどう動かしていくかだけです。
 日本の企業は、よし、やるぞとなったら、結構動きが速いし、EP R を乗り越えて自信をつけてきているように見えます。私も、この静脈対応という点において日本は十分リーダーシップが取れる立場にあると考えています。特に、設計の段階から環境負荷の低減をめざす環境配慮型設計(デザイン・フォー・エンバイラメント)の分野では、日本がスタンダードになっていくべきだし、そうなれると思います。
 日本は技術的にも進んでいるし、国の体制も、これまでの護送船団方式というか、業界秩序の維持を優先するラストランナー方式からトップランナー方式に変わってきて、環境配慮型設計でも優秀な企業が報われるようになってきています。この点で日本は今まさしく世界一かもしれません。
 そういう技術、システムを売り込んでいけば、日本が世界にお手本を示せることになるし、動脈と静脈のバランスが取れたシステムの中で日本製品がプライオリティを持つ、あるいは単なるモノの価値だけでないプレミアムを持つようになると思います。
 EUがやってきたことも結局そういうことです。ISO14001 にしても、つまりは環境戦略であって、環境にいいスタンダードだと誰も文句が言えない状況を作ってしまった。日本だって同じことができないはずはありません。大切なのは、技術だけでなく、先刻言ったような循環システムを整えて、技術とシステム込みでモデルを示すこと。日本は要素技術では素晴らしいものを持っているのに、システムのところでいつも欧米に先を越されてきました。その結果、世界のルールはいつも向こうが作るということになってしまいましたが、環境配慮型設計に関しては日本がルールを決めていくことも決して夢ではないと思います。
 

●環境経済学も循環型社会に貢献

 
  これからの世の中が20 世紀型資本主義で回っていくとは到底思われません。人間も自然の循環の一部なのだから、そのバランスを崩さないように、自分たちが廃棄した後の段階までどういう循環を保ったらいいのかをシステマティックに考えていくことが求められます。そしてメリットのあるものはそのメリットを生かしながら、一方でファクト・ファインディングに基づくリスク分析、リスク管理をやって使いまわしていく。今こそ、こうした発想に根ざしたグリーン・システムをきっちりと作るべき時です。
 プラスチック業界も、廃棄された後の段階まで自らもっとコミットしていくようなシステムを、生産者の責任として、早く確立してほしいと思います。プラスチックという素材はメリットもすごく大きいけれど、廃棄の段階になるといろいろと問題も出てくる。そういうメリット、デメリットのバランスを考えて、自然の循環を損なわずにうまくプラスチックを使い回していくにはどんなグリーン・システムを作るべきかなのか、この点をしっかりと考えてほしい。
 もちろん、学者もそのために貢献していかなければなりません。環境経済学という学問は研究の幅がとても広くて、私も15 年ほど前にはじめて環境経済学の分野に踏み込んだころは、技術のことばかりでなく、光合成とか地史(地球または特定の地域の地質学的な発達・変遷の歴史)といった自然科学の勉強もしなければならず、なかなか苦労しました。それに現場を見ることも大切です。私は現場主義者ですから、静脈だけでなく動脈も含め常に現場を見ておきたいと考えています。とにかく、あらゆることに興味を持たなければならないという点が環境経済学の難しいところですが、それだけに面白い学問だとも言えます。経済学の中ではまだ主流とは言えないかもしれませんが、循環型社会構築のためには必須の学問であることは間違いありません。最近は若い学者もいろいろなレベルで研究に取り組んでいて、その成果はこれからどんどん広まっていくと思います。
 
■プロフィール 細田 衛士(ほそだ えいじ)
1953 年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。1982 年同大学経済学研究科博士課程修了。1983年英国マンチェスター大学にブリティッシュ・カンシル・スカラーとして留学。1994 年同大学経済学部助教授、教授。2001 年から今年9 月まで経済学部長を務めた。
日本における環境経済学の第一人者。「環境問題を読み解き、深い洞察を得るのに、経済学は極めて頑健な武器となり得る」という信念のもと、循環型経済社会の構築に向けた経済学の貢献のあり方を探求している。主な著書に、『グッズとバッズの経済学』(東洋経済新報社)、『地球環境キーワード』(共著/有斐閣)、『地球環境経済論上・下』(編著/慶應義塾大学出版会)、『岩波講座環境経済・政策学第7 巻 循環型社会の制度と政策』(編著/岩波書店)などがある。