2004年9月 No.50
 
進化する「食品サンプル」― 塩ビ製でよりアートに

「食のボーダレス化」で、メニューもより多彩に。造形美術の分野でも活躍

 レストランでのメニュー選びに欠かせない料理サンプル。その大半が塩ビ製ということは知る人ぞ知る事実。最近では食材をミニチュア化したキーホルダーが日本土産として外人観光客の人気の的とか。こうしたデザイン性も塩ビの大きな可能性のひとつです。究極のリアルさを追求して技術革新が進む塩ビ製食品サンプルの世界を取材しました。

 

●蝋製から塩ビ製へ

 
 食品サンプルのトップメーカー、(株)岩崎(商標=イワサキ・ビーアイ/東京都大田区)の清水洋一取締役製作部長の説明によれば、「日本に初めて食品サンプルが登場したのは大正6年。当初その原料には塩ビではなくワックス(蝋)が使われていた」といいます。記録では、同社の創業者・岩崎瀧三氏が、畳に溶け落ちた蝋の表面に畳の模様が精巧に写し取られていたことにヒントを得て蝋製のオムレツを製作したのが食品サンプルの第1号。その後、昭和7年に同社の前身・岩崎製作所が大阪市に設立され、地元のデパートの食堂などで利用されるようになってから、食品サンプルは日本中に広がっていきました。
 塩ビ製のサンプルが登場したのは今からおよそ30年前のことで、これは食品サンプルの歴史の中で画期的な技術革新となったようです。
 「ワックスは再生がきくという利点はあるものの、熱に弱く溶けやすく色変わりしやすい、さらには壊れやすくて運搬しにくいといった難点が多かった。これに対して塩ビはとにかく何にでも自由に細工できる。加工性、デザイン性といった点で大変優れている上に、価格も安く変色もしない。塩ビの前にアクリルで試してみたこともあったが、加工性の低さなどから結局成功しなかった」
 というわけで、現在では一部のウレタン製やエポキシ樹脂製などを除いて、食品サンプルのほとんどが塩ビ製となっています。
 

●職人芸の世界

 
 食品サンプルの製作はまず素材作りから始まります。たとえばトンカツのような主要素材は、本物のトンカツを用いて、シリコン素材による型取り→塩ビ樹脂の流し込み→加熱固化→着色→ウレタンコーティングで艶出し、といった手順で作られます。ところがトンカツ皿に盛り付けられるキャベツ、スパゲティなどは、このような素材を専門に作っている外部のメーカーから供給されます。このような供給素材には、たとえば麺類では、うどん・そーめん・ラーメン・きしめん・各種パスタなど20種類近くもあります。米の場合でも白米・チャーハン用・ドライカレー用などがあります。この他、レタス・パセリ・スライスキュウリ・スライストマトなど何でもあります。このような素材の必要なものが揃うと、後は盛り付け、最後の彩色が施され更に固定化されて、一皿の料理が完成します。
 また、岩崎の食品サンプルは大半が個店対応で、顧客ごとの注文に応じて作られるため、同一ものはほとんどありません。同じラーメンでも、麺の質、具の内容、スープの色など店によってすべてが異なります。このため、型取りから組み立てまで一連の作業は基本的に一人のスタッフに任されており、スタッフの個性、センスの違いが大きくモノを言うことになります。中には特定のスタッフを指名してくる顧客もあるとのこと。
 製作スタッフの多くは美大や専門学校などで絵画、デザインを学んだ若者たちで、近年は特に女性の就職希望者が増加しています。
 「学校でデザインを勉強していたときに食品サンプルのことを聞いて関心を持った。今でも商品というよりは自分の作品を作っているという気持ちが強い。一日やっていても全然飽きない」(女性スタッフの1人)
 ひとつひとつ手づくりで作られる食品サンプルは、もともと「ベルトコンベアに乗せられるような仕事ではない職人芸の世界。好きでなければ勤まらない」と清水部長は言います。
 

●塩ビのデザイン性を極める

 
 食の多様化が進む中、最近はレストランのメニューも和洋中華から、エスニック、ファーストフードまでボーダレス化の一途。これに伴って、食品サンプルにも日々新たな技術の追及が求められています。
 「最近はミズナなどの新しい素材を使った料理も多いし、昔からある料理も中身は少しずつ変わってきている。てんぷらの衣ひとつを取っても、より現代的なリアルさが要求されるようになっている。新しい食材はこれからもまだいろいろ出てくるだろうが、我々はすべての食材の制覇をめざして今後とも技術改良を重ねていきたい。もちろん、そうした取り組みを進める上で塩ビは欠かせない原料だ」(清水部長)

 一方、食品サンプルの精巧な技術は近年様々な造形表現に応用されるようになっています。博物館所蔵の化石や文化財などのレプリカから、テレビの時代劇や舞台演劇用の特殊な小道具類、立体的な三次元広告などまで、同社が手がける作品は文字どおり多種多様。最近話題になった人気映画スパイダーマンのディスプレイも同社の製作となるものです。
 単なる食品サンプルという領域を超えて造形美術、カルチャー・エクスプレッションの分野にまで広がりを見せる岩崎の挑戦。それは同時に塩ビのデザイン性の究極を追求する試みでもあります(創業者・岩崎瀧三氏生誕の地・岐阜県郡上市八幡町橋本町には食品サンプル創作館「さんぷる工房」があります。食品サンプルづくりを体験する事が出来ます。興味のある方はぜひご来訪下さい。有料、要予約。TEL. 0575−67−1870)