2003年6月 No.45
 
暮らしのデザインとプラスチック製品

  プラスチックは生活文化を支える「陰の立役者」。
   美しいデザインの追及が課題に

  世田谷文化生活情報センター館長・元NHK解説委員
                  永井 多恵子

 

●市民劇場『パブリックシアター』

 
 世田谷文化生活情報センター(東京都世田谷区太子堂)は、世田谷区民の自主的な地域活動を支援したり、優れた文化・芸術を区民に提供したりすることを目的に、1997年にオープンしました。運営は?せたがや文化財団が行っています。
 具体的には、『生活工房』と『パブリックシアター』という2つの部門が事業の柱です。このうち、『パブリックシアター』は演劇、舞踊、さらには音楽なども含めた新しい舞台芸術の可能性探求の場として、積極的な上演活動を行っています。
 最近では、イギリスの演出家サイモン・マクバーニーを招いて、村上春樹さんの原作を舞台化した「エレファント・バニッシュ」という作品を創り、ロンドンでも斬新な演出で大好評を博しました。
 こうした先駆的な仕事の一方で、誰にでも気軽に足を運んでもらえる親しみやすい劇場であることも目指していますので、区民への普及事業も大切な仕事です。このため、一般の人々に劇場を開放して自由に演劇的な表現を試してもらったり、区民が行う創造活動のためのワークショップや舞台芸術活動を支援して、将来劇場を担う人材を育成するといった仕事にも取り組んでいます。
 大道芸の人たちを集めたお祭りなどは、都民広場が有名になりましたが、世田谷では7年前から毎年おおぜいの人が集まる人気イベントになっています。
 

●《暮らし》のデザインセンター『生活工房』

 
 一方、『生活工房』のほうは、《暮らし》をテーマに、衣食住すべてに関わるモノやデザインを展示する一種のデザインセンターですが、同時に、暮らし方そのものの提案や市民活動の支援といったことも重要な仕事になっています。
 人間の暮らしを彩り、心を豊かにしてくれるモノやデザイン、あるいは環境と調和した暮らし方といったことに、ひとりでも多くの人が目覚め、親しみを感じてもらうこと、そして最終的にはその中から新しい技術者や生活者が育っていってほしいということが『生活工房』の基本的なコンセプトと言えます。
 魚というと切り身しか知らない最近の子どもたちのためにカツオ1本まるごとおろすところを見学してもらったり、いろいろな企業の協力を得て小中学生向けの科学教室をやったり、活動の中身はさまざまです。最近はソニーの協力でコンピュータを解体して仕組みを学ぶワークショップも開催して、子どもばかりでなく、親たちからも人気を集めました。そういう意味で、ここは企業と市民との出会いの場でもあります。
 市民活動の支援という点では、セミナールームなどの施設の貸出しも行っていますが、これからもこうしたことを通じて、持続可能な環境のあり方などについて人々が積極的に発言し交流する場として『生活工房』を展開していきたいと考えています。。
 

●年間入場者数55万人

 

 私は、1980年からNHKの解説委員として「暮らしの経済」などをテーマに仕事をしてきましたが、もともと舞台芸術などの文化政策に関心があったもので、だんだんその方面で論陣を張ることが多くなりました。そして、とうとうこのセンターの立ち上げの時から運営に携わるようになってしまいました。
 それと、「キャリアの最後は地域貢献」という思いがずっと頭にあったことも、この仕事に就いた大きな要因になっています。私の住まいが世田谷なので、世田谷文化生活情報センターの仕事を通じていろいろな面で地域に貢献できることに喜びを感じています。
 それにしても、センターの立ち上げに関わってみて、文化施設を作るということがいかに大変かということをつくづく実感しました。日本ではまだまだ「文化は金食い虫」という低い評価が多くて、文化施設の建設など反対する声のほうが圧倒的に強いのが現実です。
 それでも、最初の年は20万人だった入場者が、今は55万人にまで増えてきていることを考えると、一応は区民からも支持されているのだなとは感じています。
 華やかな芸術活動を行う『パブリックシアター』と、社会的な広がりのある『生活工房』の両輪があってちょうどいいバランスになっているのかもしれません。

 

●大きさ増す環境要因

 
 最初は試行錯誤でしたけれど、文化施設の運営というのはやっているうちにわかってくることが多いのです。まさに、日々発見の連続です。
 最近実感するのは、暮らしのデザインにとって「環境」というエレメントが年ごとに大きくなっていることです。生活用品を選ぶのにも、最早環境というエレメントなしには選択できない時代になっています。『生活工房』でも、電気自動車の講習会を開いたりして、オープン当初から市民意識の啓蒙と変革に取り組んできましたが、最近は明らかに人々の意識が変わってきました。
 屋根のソーラーシステムも好調な売れ行きを示しているようですし、冷蔵庫も掃除機も省エネを謳わないと売り上げが伸びないと聞きます。
 『生活工房』でも、自然や地域の環境に合った暮らし方が大事ということをアピールするために、これからも環境エレメントを取り入れた暮らしのデザインの展示会などを、産業界と協力して積極的にやっていきたいと考えています。できれば、企業のトップデザイナーと市民が出会えるような、このセンターらしい特色を出した展示会にしたいと思います。
 

●「集合住宅をテーマに連続セミナー

 
 2001年から開催している連続セミナー「暮らしとデザイン」の今年度のテーマとして「集合住宅」を選んだのも、そんな狙いからです。
 日本の集合住宅は環境と調和したデザインという点で少し遅れているように思います。アーティスティックな美しさだけでなく、風の通り道を考えたり、太陽エネルギーや風力エネルギーを利用したりといった、自然環境との調和に配慮したエコデザイン型の集合住宅は、これからの都市生活においてますます重要度を増してくるに違いありません。
 セミナーは既に5月からスタートしていますが、今後11月まで計5回の開催を予定していて、毎回、日本を代表する気鋭の建築家を講師に迎え、参加者とのディスカッションなどもまじえながら、これからの集合住宅のあり方と可能性についてさまざまな角度から見ていくことになっています。また、6月には関連イベントとして「集合住宅展」も開催しました。
 セミナーのほうは結構人気が高くて満員お断りの状況ですが、興味深いのは、区民だけでなく、デザイナー志望の若い人の参加が多いことです。
 次世代を担う若い人たちがこのセミナーによって啓発されるということはとても大切なことだと思います。その結果、アーティスティックなだけではない、ほんとうにエコデザイン化された美しい街並みが整ってくれば素晴らしいなと思います。
 

●使い勝手と美しさの融合を

 
 これからの暮らしのデザイン、あるいは住宅のエコデザインといった面で、塩ビをはじめとするプラスチック製品にどんな役割が期待できるかを考えてみますと、私には「陰の立役者」という言葉がいちばんピッタリくるように思います。
 正直に言えば、私自身プラスチックにあまり文化的なイメージを感じていませんし、一般的にも長寿命というよりは分解しにくいというイメージのほうが強いと思います。ただ、現代生活の中ではプラスチックという素材がどんなモノにでも必然的に付随してくるものであることは間違いありませんし、われわれの知らないところで、いろいろな姿に変わって役立っていることも理解しています。
 ですから、その実力は決して軽視していません。とても重要で役立つ素材でありながら、なんとなく疎まれているようなところもあるけれど、そういう形で生活文化のデザインを陰から支え、融合している。やはり、「陰の立役者」という言葉がピッタリです。
 こんなことを言うのは、美しいプラスチック製品とか塩ビ製品というものをあまり見たことがないせいでもあります。生活文化とは、突き詰めればデザインのことです。使い勝手と美しさの融合がデザインを生み出すのだとすれば、あるいは私が知らないだけかもしれませんけれど、残念ながらそういうデザインのプラスチック製品を私はほとんど見た記憶がありません。
 いっぺんデザイナーにも協力してもらって、これは塩ビですよと言われて人々がビックリするようなデザインの塩ビ製品や、環境との共生を考えたデザインの塩ビ製品などを集めた「塩ビのいいとこ展」みたいなものをやってみてはいかがでしょうか。
 それと、最後に注文をひとつ。プラスチックの種類がとても分りにくいということです。ポリエチレンとかポリオレフィンとか塩ビとかいわれても、大人も子どもも何のことなのかほとんど分かりません。例えば、『生活工房』でやっている小中学生向けの科学教室を利用して、「夏休み科学倶楽部」みたいな形で勉強してもらうといったことは考えられないでしょうか。最近は生分解性樹脂の開発やリサイクルの取り組みも進んでいるようですから、石油製品とどう付き合うかをテーマにした子ども向けのセミナーを開いて、そういうことも含めて教えてあげれば、子どもたちも先生も喜ぶでしょうし、企業の技術者にとっても最終消費者と接するいいチャンスになると思います。
 
■プロフィール 永井 多恵子(ながい たえこ)
NHKアナウンサー・解説委員として経済番組のキャスター、女性問題などの解説で活躍。平成2年、女性初の放送局長(浦和放送局)に就任。局のスタジオを市民の地域活動に開放するなどスタジオ・パーク型事業のパイオニアとして知られる。平成5年から解説主幹として文化政策、教育、女性問題を担当。平成9年、世田谷文化生活情報センターの開設に携わり、同センター館長に就任。
主な制作番組に「男女均等法の衝撃」「どうする高齢者の雇用」「芸術の園をどう耕すのか」などがあるほか、「21世紀の家族像」(日本放送出版協会/共著)「わたし、女性管理職です」(学陽書房)など著作、論文執筆も多い。現在、中央教育審議会、著作権審議会、国民生活審議会の各委員、文化経済学会理事。