1996年3月 No.16
 
「容器リサイクル新法」を読む
    −ごみ問題実践家の立場から

  市民も産業界も行政も、皆の知恵を集めて焦らずに法律を生かそう

 

 ごみ減量システム研究家(生活環境学) 松田 美夜子

●資源循環型社会へ画期的な一歩

 
  「容器包装リサイクル法」の成立は、日本の廃棄物問題にとって画期的な出来事でした。日本もこれでようやく資源循環型社会に向けて初めの、そして大きな1歩を踏み出したわけです。PL法でさえ成立まで8年もかかったというのに、こんなに早くリサイクル法ができたとは信じられないくらいですが、それというのも企業を含めすべての日本人が「このままではいけない」という危機感を深く認識するようになったからだと思います。
  ご承知のように、この法律のお手本となったのは1992年に実施されたドイツの「包装廃棄物規制令」ですが、そのドイツでは既に具体的な成果がいろいろ現れてきています。私が毎年定点観測のために訪れるデュッセルドルフのスーパーでは、昨年から外箱なしバターやチーズが増え始め、リターナブル容器入りのヨーグルトやマヨネーズなどがデポジット付きで売られていました。
  ドイツ政府の担当官によれば、包装材の発生抑制や回収量の増加といった効果はもちろん、「もっとも大きな成果は企業が何がごみになるかを真剣に考え出したことだ」とのことで、この言葉には大変励まされる思いをしました。
 

●切迫する中小自治体のごみ問題

 
  中にはドイツがうまくいったから日本もうまくいくとは限らないという指摘をする人もいます。
  ドイツの法律は回収からリサイクルまですべてに企業責任が課せられる厳しいもので、絶壁に立たされた企業は何としても対応せざるを得ない仕組みになっているのに対し、日本の場合、分別収集は自治体が担当することになっており、自治体が頑張らないとシステムが動かない。リサイクルを進める上で企業は分別した廃棄物の純度を問題とするでしょうし、そういう意味ではシステムの要として自治体の役割が物凄く大きいのです。
  従って、自治体に比べて企業に甘いという不満も出てくるかもしれませんし、先行きを不安視する声もないではない。しかし、私に言わせれば、そんな理屈はもうどうでもいいのです。大都市の自治体はまだ理屈を言える余裕があるかもしれませんが、実際は小さな自治体ほどごみが増えて困っており、しかも一方で埋立地の限界は確実に近づいているのです。
 

●やっとできた自治体の受け皿

 
  例えば、人口2万人のある町では月1回の不燃ごみ回収がプラスチックの増加で2回に増え、切羽詰まった末にたった6カ月の準備期間でビン、缶、PETボトルの回収に着手しています。小さな自治体は最早理屈を言っている余裕などなく、法律の有無に関わらず分別せざるを得ない状況に迫られている。そういう自治体にとっては、新法という受け皿ができて企業の引き取り義務が定められたことでやっと安心して分別を始められるわけで、この効果は大きいと思います。
  今回の法律ではとりあえず缶、びん、PETボトル、紙パックから始まりますが、これだけでも日本の廃棄物処理はすごく整理されてくるはずです。びんと缶については今年6月までには平成9年から5年間分の分別収集計画をまとめなければならないので、現在自治体は必死でその作業を進めています。従って、すべての自治体が一緒にとはいかなくとも、まず中小都市から動いていくことは目に見えていますし、本格施行となる平成9年4月までには大半が固まってくると私は見ています。
  企業のほうも、600万社中対象になるのが20万社と少ないようですが、これで全容器包装の85%をカバーできます。大手メーカーが動けば中小メーカーも必ず倣っていくと思います。
 

●洗いざらい問題を出してみよう

 
  とにかく、今は理屈を言っている時ではありません。うまくいくかどうかではなく、どうしてもうまくいかせなければならない。そのためには、動かす前から細かい議論や欠点探しに拘っていてるのではなく、実際に法律を使ってみてどんな問題が出てくるのか、まずは洗いざらい出してみましょうというのが実践家としての私の立場です。
  問題があればそれを変えていけばいいのです。ドイツで言われるように、生まれたばかりの赤ちゃんが熱を出すのは当たり前。それに対して政府、企業がどう良心を見せて治療するかが重要なので、パーフェクトな制度などどこにもあり得ないのです。
  実を言うと、私は問題点を見つけるのが今から楽しみでなりません。例えば、だし入り醤油のようにプラスチックのキャップが分離しにくい容器などについて、企業はどう言ってくるでしょうか。これはだめだと言ってくるのか、あるいはプラスチックを分離する新しい技術を開発するのか。企業の対応を見るのが本当に楽しみです。
 

●プラスチックは油化+マテリアルで

 
  ここでプラスチックの問題についても一言触れておきたいと思います。最近はプラスチックを邪魔物扱いして悪者呼ばわりする傾向が強くなっていますが、これは間違いだと思います。プラスチックは地球の貴重な資源であって、政府がシステムを作ってこなかったためにただ埋め立てられ焼かれてきたこれまでの日本の仕組みがおかしいのです。貴重な資源であるプラスチックをどう利用するか、私たちはもっと必死になって知恵を出し合わなければなりません。
  一方、マテリアルリサイクルばかり強調するのも考えものです。素材は脆弱化していくものですから、やはり油化も視点に入れたリサイクルを考えることが現実的だと思います。油化にはすごくお金がかかると言われますが、それじゃあお金のかからない油化システムはできないのかという発想をしていくことが大切なんじゃないでしょうか。
  それに、いくらお金がかかるといっても清掃工場をひとつ作るよりはよっぽど安上がりのはずで、何を基準にしてお金がかかるのかという議論もしておかないといけないでしょう。
 

●用途の整理も検討すべき課題

 
  今回の法律は、リサイクル手法のひとつとして油化を認めているように、プラスチックのリサイクルという意味でも大きな転換点になっていくと私は考えています。
  通産省や厚生省、あるいは科学技術庁(生活社会基盤研究委員会)も塩ビの混入を前提とした油化技術の開発を進めていますが、もし駄目だったらマテリアルを優先しようという気持ちの揺れはまだ残っているようです。ですから、油化がベストだから他はやらないというのではなく、あくまで油化も視点に入れたリサイクルであることが大切です。例えば発砲スチロールトレーのようにトレーとして再利用が進んでいるものはそうしたほうがいいし、種類によって方法を変えていくという考え方が必要だと思います。
  また、プラスチックの用途をもう少し整理することも考えなければなりません。塩ビを例に取れば、
 家庭の使い捨て用品に塩ビを使うことがいいことなのかどうか。塩ビは燃やせば塩化水素ガスを出しますが、土管とかパイプあるいはテーブルなどの耐久商品、木材の代替品として地球環境に貢献していると言えます。今は塩ビもポリも家庭のごみとして一緒くたに焼却されている点が問題なので、用途を整理していけばリサイクルもしやすくなるはずです。
 

●文化の質を問うリサイクル運動

 
  冒頭でドイツの状況に触れましたが、ドイツの場合、アメリカ的な使い捨てスタイルを是としてきた日本と違って、戦後50年間捨てることが豊かさの証しだという発想を持ってきませんでした。かつて日本にもあった「物を大事にする」という思想が未だに息づいているのです。環境教育も進んでおり、小学校では「カバンの中から環境保護が始まる」を合言葉に環境に配慮した文房具の選別が指導されています。
  また、柏市が分別回収したプラスチックごみの組成分析結果では20%がスーパーのポリ袋だということですが、ドイツではポリ袋を持って歩くと環境に無知な人というレッテルを貼られてしまうので、多くの人が布製の買い物袋を利用しています。
  これはリサイクルを考える上で最も肝心な点で、リサイクルというのはごみを減らすことが目的ではなく、文化の質を問う運動なのです。例えば、缶ビールよりはビンビールを飲むほうがカッコいいというライフスタイル、ごみを分別することが楽しいという価値観を育てること。私が運動家としてこれまでごみと関わってきたのは、そういう文化の質を高めたかったからにほかなりません。
 

●プラスチック業界も元気を出して

 
  幸い、この5年で日本の市民意識も徐々に高くなってきました。分別収集の実施を待ち望む人も多く、市民運動が10年間一歩一歩努力してきたことは無駄ではなかったと思います。自治体もごみ処理に費用がかかると嘆いてばかりいないで、せめて自分から環境に配慮した商品を使うといった前向きの行動を示すことが必要だと思います。まず自治体がグリーンコンシューマーになることです。
  プラスチック業界、そして塩ビ業界ももっと元気を出してください。自信を持って堂々と市民と話し合い発想を出し合うことです。日本は今ようやく本質論ができる時代になったのだと私はと思います。変に迎合したPRや過度に防御的な理論武装は無用です。きちっとした情報を出して消費者に実態を知らせること。その上で皆でアイディアを集めていけばいいのです。
  容器リサイクル法はその重要なきっかけになると思います。この法律により市民、行政、産業界をつなぐ輪ができたのです。私はそのことがすごくうれしいんです。まず皆で法律を使ってみて、皆で話し合って、焦らずに問題を解決していこうではありませんか。
 
■略 歴 松田美夜子(まつだ・みやこ)
昭和16年生まれ、大分県出身。奈良女子大卒。昭和53年に川口市のごみリサイクル「川口方式」に関わり、ごみ減量システムの分野へ。現在は、厚生省生活環境審議会の廃棄物減量化・再利用専門委員の他、国や数多くの自治体のごみ減量プロジェクトに参加し、ごみと人との関わりについて暮らしの現場からの体験を通して発言を続けている。主な著書に「世界のすてきなごみ仲間」「ごみはすてきな魔法使い」「ヨーロッパすてきなごみ物語」など。