2017年7月 No.101
 

切って、貼って、空間を彩る。

ペイントに代わる色の素材。(株)中川ケミカルに見る
「装飾用シート」の華麗な世界

CSデザインセンターのショールーム
 ここは(株)中川ケミカル(中川興一社長、東京都中央区)本社ビル3階にあるCSデザインセンターのショールーム。目も鮮やかに並ぶのは、同社が誇る装飾シートの定番「カッティングシート®」のサンプル。まるで色彩が笑いさざめいているような眺めです。切って、貼って、空間を彩る−今回の塩ビ最前線は、ペイントに代わる色の素材・装飾用シートの華麗な世界にご案内します。

●「カッティングシート®」の開発

新宿パーク仮囲いを彩る装飾用シート(屋外用)
新宿パーク仮囲いを彩る装飾用シート(屋外用)
小林ディレクター
小林ディレクター

 装飾用シートとは、裏面に粘着剤を塗布した樹脂フィルムのこと。殆どが塩ビ製で(一部PP、PETも)、ハサミやカッターナイフなどで簡単にカッティングできるため、店舗や展示会の装飾、サイン、アート作品など様々な空間演出・デザイン表現に幅広く利用されています。
 その代表的製品である「カッティングシート®」が発売されたのは昭和41年。百貨店等の内装や看板・サインの製作で知られる(株)中川堂の中川幸也氏(現中川ケミカル会長)が数年掛かりで開発したもので、日本初の装飾用シートの誕生でした。以下は、中川ケミカル・クリエイティブ企画部デザイン室の小林雅央ディレクターの説明。
 「内装や看板製作は熟練の職人技が求められるため、一人前の職人が育つまで何年もの時間がかかる。しかも当時は高度成長期の真っ只中で深刻な職人不足。職人技に頼らない手軽な装飾方法として開発されたのがカッティングシートでした。外国にも殆ど例がない画期的な製品だったものの、販売店が少なかったこともあって普及には時間がかかりましたが、販売網が完成して、文字や絵柄を型抜きした手軽な新製品が開発された頃から、ペイントに代わる店舗やウインドウの装飾方法として、切って貼る文化が定着しはじめました」
 昭和50年には、中川堂の新素材開発部門が分離独立して中川ケミカルが発足。間もなく企業のCI(コーポレートアイデンティティー)ブームが訪れると、色むらや文字の不揃いが全くないカッティングシートが重宝され、急速に普及していくこととなりました。


●進化形も続々。金箔や鉄錆のシートも

 現在「カッティングシート®」には、レギュラー、メタリック、蛍光、透明色、遮光、蓄光など多彩なバリエーションが揃っています。また、カッティングシート以外にも、テント地など粗い面に貼れる「テンタック」、屋外装飾用の「タフカル」、透明装飾用の「イロミズ」など、装飾用シートの進化形が続々登場。色数はトータルで1000色以上に達します。中でも平成13年から発売を開始した「マテリオ」シリーズは、同社の企画力を実感できる独創性あふれる製品で、塩ビまたはPETシートを基材に金銀銅アルミなどの金属箔や鉄錆、緑青などを施した独特の風合いは、本物の金属箔が持つ豪華さと重厚感を手軽に演出できることから、レストラン、料亭などの内装を中心に需要が広がっています。
 「カッティングシートの人気が高まるにつれて大手メーカーも同様の製品を出すようになってきました。『マテリオ』は、大手との競合に対抗し得る中川ケミカルらしさを表現したアイテムで、他社には真似できないもの。クリエーターの創作意欲を刺激する素材なので、アート作品として使われるケースも増えています。柔軟性のある塩ビシートは、貼った後もシワにならず、壁面になじんで安定性があるので、この製品には何よりふさわしい素材といえます」

マテリオシリーズの基本アイテム
  「第19回CSデザイン賞」学生部門金賞の「網線」
マテリオシリーズの基本アイテム
①箔シート    ②鉄錆シート
③緑青シート   ④フレークシート
  「第19回CSデザイン賞」学生部門金賞の「網線」。武蔵野美術大学・澤田陽太さんの作品。
2020年東京五輪に向けて建設工事が増加している渋谷の街を美しく彩る提案だ。

●装飾用シートのデザインコンペ「CSデザイン賞」

 「他社には真似できない」仕事として、同社がもうひとつ取り組んでいるのが、昭和57年からスタートした「CSデザイン賞」。「装飾用シートを使用した優れた作品を表彰し、広く紹介する」ことを目的としたデザインコンペで、開催は2年に一回。実際に施工されている作品を対象とする一般部門と、テーマに沿ったデザインを募集する学生部門の2部門で構成され、昨年の第19回では一般部門95点、学生部門269点(テーマは「遊び心で人と渋谷をつなげる『仮囲い』のデザイン提案」)の応募作の中から、それぞれ金賞が選ばれています。
 「この賞の真の狙いは、装飾用シート業界全体の発展、底上げのために、計画的に良質なデザインを発掘し育てていくということ。従って、装飾用シートであれば他社の製品でも構わない。1964年の東京五輪で総合プロデューサーを務めたデザイン評論家の勝見勝氏がその主旨に賛同してくれたことで、毎回トップクラスのデザイナーや建築家に審査員を務めてもらっている。こういう装飾用シートのコンペは国内でも稀な事例で、デザインに掛ける思いという点では大手に負けない自信があります」

●ワークショップでも引っ張りだこ

CSデザインセンターは平成19年の開設。写真はセンター内に設けられているライティングラボ。蛍光灯、LED、白熱灯の3種類の光源に装飾シートをかざして、光の透過具合や色合いの変化を確認できる。

 最近は、カッティングシートでデザインしたいという個人が増え、「美術館やデパートなどのワークショップに招かれることが多い」とのこと。
 子供たちが好きな形に切ったシートを貼ってオリジナルのビニール傘を作ったり、バイク女子が自分のヘルメットをデザインしたり、夏には風鈴や団扇に貼ったりして楽しんでいるそうです。「素材が表現を生む。ちょっとした素材の違いでこれまでになかった形が生まれます。そういう意味で、塩ビフィルムも今後どんな新機能の製品が出てくるのか、とても楽しみです」