2016年9月 No.98
 

みんなで創る「持続可能なオリンピック」 オリンピック開催は持続可能な社会構築への好機、全員参加で戦略づくりを ジャーナリスト・環境カウンセラー NPO法人 持続可能な社会をつくる元気ネット 理事長 崎 田  裕 子  氏

 東京オリンピック組織委員会で街づくり・持続可能性委員会の委員を務める崎田氏は、持続可能性をテーマとするオリンピックの重要性を早くから提言してきたジャーナリストのひとり。氏の思い描く持続可能なオリンピックとはどのようなものか?東京大会に賭ける思いを語っていただきました。(取材日/2016.7.29)

●評価の高かったロンドン大会

■持続可能な社会をつくる元気ネット

 1996年に発足した「元気なごみ仲間の会」を前身とする環境NPO。本部・事務局は東京都新宿区。http://www.genki-net.jp/
 市民・事業者・行政のパートナーシップによる持続可能な社会の実現を目的に、地域の先進的な環境活動を支援する「市民が創る環境のまち“元気大賞”」などの事業を展開。また、持続可能な2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会の実現をめざして、「マルチステークホルダー会議」を主宰し、大会の運営に関してさまざまな提案を行っている。

 9月にリオに行ってきます。仕事の都合でオリンピックは行けないので、パラリンピックだけでも見ておきたいと思って、行くことにしました。組織委員会の専門委員としてではなく、あくまで一般の旅行者として、現場をいろいろ回ってくるつもりです。
 やっぱり、実際に現場を見ると見ないでは全然違いますからね。2年前にロンドンに行ったときも、本当はフランスやドイツといった大陸側のEU諸国の循環政策を視察するのが目的だったんですけど、直前に2020年の東京大会開催が決定したので、それだったら、評価の高かったロンドン大会の環境対策とはどんなものだったのかを知りたいと思って見に行ったんです。

●ロンドンで感銘を受けた2つのこと

 ロンドン大会というのは、環境だけでなく、持続可能性にも配慮したことで評価が高いわけですけど、実際に現地の関係者の話を聞いて感銘を受けたのは、オリンピックをきっかけにして持続可能な次世代の社会を作っていこう、そのためにきちっと戦略を立てて取り組んでいこうという姿勢がとてもはっきりしていることでした。
 東京大会が決定した当初、日本では「1964年の東京大会は日本の社会資本が整ったことを世界に示す意味があったが、今度は何を目指してやるのか」とか、「多くの予算を投入するのは無駄ではないか」といった批判の声が結構聞かれましたが、私はロンドンでの体験から「東京大会も、成熟期に入っていく日本が、単なる発展ではなく、持続可能な新しい社会を構築していくための大きな戦略づくりのきっかけにすることが重要なんじゃないか」と強く感じたんです。
 それと、もうひとつ感銘したのは、皆が参加する参加型のオリンピックだったということ。政府とか組織委員会とかロンドン市といった一部のステークホルダーだけでなく、様々な分野に関与するNPOとか市民、その他大勢の人が一緒になって戦略の実現に取り組んだのがロンドン大会でした。

●「街づくり・持続可能性委員会」の検討テーマ

 日本に戻ってからNPOで『みんなで創るオリンピック・パラリンピック』を出版したのは、こういうことをぜひ多くの人に伝えたいと思ったからです。せっかく与えられた東京大会開催というチャンスを、将来に向けた戦略づくりのきっかけとして活用してく。そのために多くの主体が一緒になって取り組むということの大切さを皆に知ってほしかったのですが、その流れで、組織委員会や環境省、東京都環境局などの人たちにお話させていただいているうちに、私自身も「街づくり・持続可能性委員会」に呼ばれて話し合いに加わるようになったということです。
 「街づくり・持続可能性委員会」の検討テーマのうち、「街づくり」というのは、ユニバーサル・デザインとかバリアフリー対策などを含め、主に都市の将来像に関する事柄。一方、「持続可能性」のほうは、環境だけでなく社会・経済的な側面も含めて幅広く検討していくことになっていて、結局、低炭素、資源管理、大気・水・緑・生物多様性、さらには人権・労働、参加・協働の5本柱で、きちんと持続可能性を検討していこうということになったので、私も「将来に向けた戦略づくり」という点でよかったと思っています。

■『みんなで創るオリンピック・パラリンピック』

 2015年4月、環境新聞社刊。副題は「ロンドンに学ぶ『ごみゼロ』への挑戦」。
 元気ネットが2014年に行ったロンドン大会閉会後の状況視察の内容、大会運営のキーパーソンへのインタビューなどを紹介した上で、2020年東京大会を環境に配慮したものに創り上げていくための具体策を提案している。その提言は現在の組織委員会の議論にも反映されている。

●リユース・再生資材の活用

 具体的な問題は、持続可能性委員会の中の持続可能性ディスカッショングループというところで話し合っているのですが、テーマ別にワーキンググループ(WG)が設けられていて、現時点では低炭素、調達、資源管理の3つのWGが機能しています。このうち、特に先行しているのが、施設建設に関わる調達の検討で、既に木材の調達コードも公表されています。
 調達に関して委員会が大事に考えているのは、リユースの資材や再生資材を活用し、活用したものをきちんとリサイクル、あるいは循環利用するということ。つまり、使い終わった後をどうするかまできちんと考えた上で調達する、ということを徹底しようということです。そのへんの考えは、今年1月に発表した「調達の4原則」(どのように供給されているのかを重視する、資源の有効活用を重視する、など。トップニュース参照)によく出ています。木材の次は食の調達の議論になると思いますが、この4原則は他のすべての製品の調達に適用される考え方です。

持続可能性の検討体制
出展:組織委員会「持続可能性に配慮した運営計画 フレームワーク」
持続可能性の検討体制

●オリンピックのレガシーとは?

 何しろ、持続可能性への配慮で評価されたロンドン・オリンピックの後で、東京はどうやっていくのかを考えるとなると、どうしてもハードルが高くなる感じはしますが、日本には日本独自に培ってきた技術力とシステム力があるということで、委員の方も皆さん一生懸命にやっておられます。
 ただ、やはり大変だなと思うのは、一歩進めたいと思っている人たちが、一歩も二歩も先を見た提案をすると、そこまで行くのは難しいという揺り戻しが、産業界や関係者から出てくる。半歩前に行くのさえなかなか大変なんだなと感じているところですが、大切なのは、厳しい気持ちで角突き合わせるのではなく、次の社会に向けて、いろいろなシステムや制度づくりのきっかけになるものを皆で残していくということなんです。あのオリンピックのときにあんなことができたんだから、今度はこんなこともできるんじゃないか、我々も半歩進めるんじゃないかと、後の人たちが感じてくれるようなものができればいいと強く思っています。
 オリンピックというのはレガシーという言葉を非常に重んじる行事です。レガシーとは、競技場のような施設だけのことじゃなくて、例えば調達の考え方、手法といったことだってレガシーなんです。それぞれの国の組織委員会や関係者、市民、産業界が一緒になって、その国独自のオリンピックを作り、独自のレガシーを残していく。東京大会がそういうことのきっかけになることを期待しています。

●企業からの提案を受け止める場所を

 産業界との連携ということで言えば、企業から寄せられる新技術やアイデアの提案も大変有用なものだと思います。ただ、オリンピックのスポンサー企業であれば提案もしやすくなるんですが、スポンサーじゃない企業が何か提案するのはなかなか難しいのかなという感じもしています。しかし、いろいろな先進技術とかアイデアを持っているのは何といっても企業なので、私は非スポンサー企業からもしっかりと提案していただいて、それを受け止めることが必要だと思っています。
 いま組織委員会が策定を進めている「持続可能性に配慮した運営計画」の中でも、参加や協働が大事だということでパブコメを募集したりしているのですが、どうすれば参加・協働できるのかという具体的な形がなかなか見えにくいんですね。それで、そこに行けば組織委員会の人や専門委員にも会えて話も聞いてもらえる、というような社会との接点になる場所を作ったほうがいいと、私から組織委員会に提案しているところです。
 それと、今度オリンピック認定マークというものができました。自治体やNPOなどが実施する公益性の高いプロジェクト等に使用を認めるもので、非スポンサー企業でもNPOと連携して社会貢献度の高い活動を提案すれば認定されるようです。そういうやり方も参考にしていただければと思います。

ロンドン視察中の崎田さんと、元気ネットの鬼沢良子事務局長(右)、事務局の足立夏子さん(中央)
ロンドン視察中の崎田さんと、元気ネットの鬼沢良子事務局長(右)、
事務局の足立夏子さん(中央)
略 歴

さきた・ゆうこ

ジャーナリスト・環境カウンセラー。
 東京都出身。立教大学卒。女性誌編集、フリージャーナリストを経て、2003年 「NPO法人持続可能な社会をつくる元気ネット」理事長に就任。生活者の視点で社会を見つめ、環境問題、特に「持続可能な社会・循環型社会づくり」をテーマに旺盛な活動を続ける。2015年から、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の「街づくり・持続可能性委員会」委員として、重要な役割を果たしている。