2014年12月 No.91
 

●消えるデザイン

作品の製品化を担当したナショナルマリンプラスチック(株)の時田宗弘氏(右)とともに、PVC DESIGN AWARD 2014準大賞の表彰を受ける梶本氏。

 実は、第2回目のPVCデザインアワード(2012年)にも、ビニールシートの自転車カバーを応募したんですけどね。受賞できなかったんです。そんなこともあって、その後もアワードの応募作品は毎年関心を持って見てきたんですが、やっぱり主張の強い存在感のある作品が多いですよね。もちろん、それはそれで当然なんです。ただ、今回、ナショナルマリンプラスチックの時田さんからデザインの依頼を受けたとき、ぼくが考えたのは、その逆のこと、つまり自己主張しないデザインというか、余計なものをぎりぎりまで削ぎ落とすようなデザインをやってみたいな、ということでした。
 そういう観点で、軟質塩ビの樹脂としての特徴をあれこれ考えているうちに、塩ビなら粘着性を活かさないと意味がないな、ということに思い当たって、初めてテープという具体的な発想が浮かんできたわけです。ヒントになったのはmtのマスキングテープでした。建築現場などで使われている和紙のマスキングテープに可愛い柄を入れたやつ。あれがいま大ヒットしてるんですね。
 それこそテープ自体が強烈に自己主張して、存在感を高めているんだけれど、街の文房具屋さんで偶々あれを見たとき、ぼくは逆にどこまで存在感を消せるか、自分の存在を消しながら、他のものの存在を生かす働きを持たせることはできないかと考えた。例えば自分にとって大切な写真とか、重要なメモや書類といったものを、邪魔せず傷つけず、そのまま生かし切る裏方のようなテープ。それを粘着性という塩ビの素材特性を利用してやってみようと思って、時田さんや素材メーカー、加工会社の人たちと協力しながら「0 tape」を作り上げたわけです。

●デザインの奥にあるもの

 デザインの存在感を消すというのは決して逆説じゃなくて、もうずいぶん前から、そういうデザインも必要なんじゃないかと考えていました。
 世の中には、デザインとは形や色だという思い込みが蔓延っていますけど、そしてそれも大事な部分ではあるけれど、より大切なのはもっと本質的な、モノの素材とか機能、あるいは、そのモノがどう作られ、どう使われるかといったことなんじゃないか。きれいな色や形というのはその後に出てくるもの、あるいは、むしろ当たり前のことで、その奥の機能や使い方の発見というところまで行かないと、デザインは生き残れないという気が、ぼくはしています。デザインというのは一般に思われているよりずっと幅の広いものであって、そうだとしたら、素材や機能を追求した末に消えてしまうデザインがあってもいいし、これまでとは逆の発想のデザインがあってもいいわけですよ。

●構想35年、逆開き傘「UnBRELLA」の商品化

 「UnBRELLA」という傘のデザインもそういう発想から生まれたものです。雨の日の電車の中なんて、濡れた傘で自分も回りの人もびしょ濡れになってしまいますけど、この傘は逆に開くので、骨が外側に出て、閉じると濡れた面が内側になる。自分の手も濡れないし、周りにも迷惑をかけません。
 着想自体は既に学生時代に持っていました。傘の基本形というのは300年くらいずっと変わってないんですね。そのへんで何かできるんじゃないかと思って、逆に開くというのはいけそうだという感覚は掴んでいたんですけど、その後、形にできないまま世の中に出てみると、デザイナーに求められるのはやっぱり色、形なんです。ぼくは家電メーカーでテレビとかパソコンなどのデザインを10年くらいやっていたんですけど、中身の機能は設計の人がとことん詰めているので、僕たちは外側のカバーのデザインだけやってればいいという感じなんですね。それはもうがっかりするぐらいそうなんです。
 会社にいる間ずっと暖めていたアイデアを、やっと形にできたのは、会社を辞めて自由な時間が出来てからです。あれはちゃんと作ってなかったな、このまま死んでしまうのは嫌だなと思ったんで、100円のカサを分解して組み立て直した試作品を、2007年にある展示会に出したんです。
 その後、大阪の傘職人さんやアッシュコンセプト(東京都台東区蔵前)という発売元の会社の助けを借りて商品化を進めてきましたが、はじめは「こんなのあり得ないね」とか「骨が外に出るなんてこと自体美しくない」とか、みんな半信半疑でね。いろいろ面白いイキサツがあったんですけど、結局「そんなに言うんなら少しやってみるか」ということで今年2月に売り出したところ、海外も含めて想像以上の反響が返ってきました。「長いこと変わらなかった傘が変わった」「何で気づかなかったんだろう」みたいなことを言う人も多かったですね。

●デザイナーの二通りの在り方

 プロダクトデザインは美大に入る前からやりたかったことです。高校2年生ころまでは美大なんてまるで考えてなくて、美術も図工も点数は低かったんですけど、唯一自動車とか道具類のデザインだけは興味が持てたんです。どうしたらそういう仕事に就けるんだろうと思って調べてみたら、やっぱり美大に入るのがいちばん近道ということで、1年みっちり勉強して多摩美大に入ったわけです。
 実際になってみると、プロダクトデザイナーというのは確かにやり甲斐のある仕事ではあるものの、昔の人が既にいろんなことをやっていて、出尽くしたような感じになるときもあったりします。金属パイプの椅子なんて、ビックリですよね。工業素材を家具に使うという発想をした人はすごいと思います。天才ですよ。つまり昔はモノがデザイナーのほうに自然と近づいてきたのに、今はこっちから無理に近寄って追及していくようなところがあるんですね。もう何をやっても誰もびっくりしないような時代で、それでも新しいものを探すのか、新しくなくても普通でいいとするのか、デザイナーの在り方が二通りに分かれているように思います。普通のものでも別に構わないわけですが、ぼくはやっぱり新しいものを追及したい。そのほうがやり甲斐を感じますからね。

●デザインの役目はこれからだ

 デザイナーってのは代理業みたいなところがあって、この先3Dプリンターなどで誰もが自分の思うようにデザインできる時代になったら無用になってしまうかもしれないけれど、それはそれで一向に構わない。デザインというのは本来個人個人のものだった筈なんです。ただ、デザイナーの存在意義はともかくとして、デザイン自体の役目はむしろこれからだとぼくは思っています。
 企業の経営なんか見ても日本はまだまだデザインが足りない。設計も営業も、会社のイメージだって実はデザインなんです。最近よく家電メーカーの人などが「これからはデザインが欠かせない。デザインの時代だ」なんて言ってますけど、アップルみたいな会社はもうそんなレベルじゃない。欠かせないどころか、デザインこそ中心なんです。日本のメーカーももっとデザインを中心に据えて、経営全部がデザインという考えでやっていかないと生き残れなくなりますよ。
【取材日2014.11.10】

略 歴

かじもと・ひろし プロダクトデザイナー

 1955年兵庫県宝塚市生れ。'79年多摩美術大学デザイン科卒。シャープ(株)で電子機器などのデザインに携わった後、'91年「カジモトデザインオフィス」設立。国際家具見本市「ミラノサローネ、サテリテ」への出品など内外で活躍。逆開き傘「UnBrella」などのモノの機能を基本に据えたプロダクトデザインはメディア等からの注目も高い。多摩美術大学造形表現学部非常勤講師、法政大学デザイン工学部非常勤講師。2013年ほかGood Design Awardの受賞4回。2006年、ドイツIF 受賞。著書に『デザインサーカス―僕は、デザインに救われた』(ラトルズ)がある。