2013年12月 No.87
 

塩ビ板を使った「祈りのアート」

「神戸ビエンナーレ2013─しつらいアート国際展」で入賞作品に

 神戸市で開かれた芸術祭「神戸ビエンナーレ2013」のアートコンペ「しつらいアート国際展」で、韓国人アーティスト・李旻河さんの作品「Weaving Messages」が見事入賞。透明な塩ビ板の上に様々な宗教の言葉をコラージュした「祈りのアート」は、私たちに何を訴えるのか?
 
表面には、様々な国の言語で祈りの言葉が描かれている。
  神戸の街と青空を背景に独特の存在感を示す「Weaving Messages」(神戸メリケンパークで)

●天に昇る「祈りの言葉」

「光の加減で、言葉の影が見る人の体に写ります。これも作品の狙いです」(李旻河さん)

 ウォーターフロントの風景に溶け込む2台のコンテナと巨大な塩ビ板の窓。遠目には、色とりどりの蔦が一面に這っているかのようにも見えるが、近づくにつれて浮かび上がってくるのは、様々な国の文字で書かれた無数の祈りの言葉たち―。「Weaving Messages」は、そのタイトルどおり、祈りで織り上げた曼荼羅とも言える作品です。
 「世界中の様々な宗教・宗派の中から、南無阿弥陀仏とか、主よ憐れみたまえといった誰でも唱えられるシンプルな言葉を選びました。言語の数は百カ国近く。どれが自分の国の言葉か捜してみるのも面白いですね」と語る李さんは、今年東京藝術大学大学院の博士課程を修了した気鋭のモダンアーティスト。「霊性」「宗教性」といった人間本来の価値に注目し、日韓両国を股にかけて制作活動を続けており、動物の革に焼きゴテで祈りの言葉を写経のように焼きつけた作品などでも高い評価を受けています。
 「私にとって宗教とは特定の宗派への信仰心ではなく、人間なら誰もが持っている超越的なものへの憧れや願い、畏れといった感情にこそ、根源的な宗教性を感じます。今回の作品は、神戸の日常風景の中に、祈りの言葉を折り込んだ大きな窓を重ねてみたいと思って制作しました。私にとって2カ月という長期間の野外展は初めてで、塩ビ板の窓はもちろん、フレームのH鋼、2台のコンテナも含めて空間全体を活かすように構成しています。どう感じるかは見る人の自由ですが、例え読めない文字があっても、神様が天から降りてくるような、あるいは私たちの願いが天に昇っていくようなエネルギーを感じてもらえたらうれしいですね」

神戸ビエンナーレと「しつらいアート国際展」
 「神戸ビエンナーレ」は、神戸ビエンナーレ組織委員会・神戸市が主催する2年に1度の芸術祭。2007年から始まり、4回目となる今年は、10月1日〜12月1日まで、メリケンパークや三宮・元町エリアなどを会場に様々な展示会などが開催された。
 その展示企画のひとつである「しつらいアート国際展」は、海辺のロケーションを活かしながら、日本伝統の『しつらい』という空間構成を、自由な発想と新たな手法で提案する作品を公募したアートコンペ。今回が2回目で、応募総数60点の中から大賞1、準大賞1、入賞5作品などが選ばれた。

●共同制作の喜び

何を感じたのかな?

 作品に使われた塩ビ板は日本プラスチック板協会と塩化ビニル環境対策協議会(JPEC)から提供されたもので、縦1.5m×横1mサイズの板9枚を組み合わせています。「透明な素材であることが絶対条件だったので、どんなプラスチックがいいか、日本プラスチック板協会に相談したところJPECを紹介してもらいました。塩ビ板の知識も使った経験もありませんでしたが、透明性はもちろん、2カ月間野外で耐える強度、耐候性など、すべての点で塩ビを使ってよかったと思います。JPECの方には組立作業も手伝ってもらって、とても感謝しています」

真昼の陽光を受けて、祈りの言葉は荘厳な輝きを見せはじめる。

 板上の文字はカッティングシートの切り抜きで(李さん自身の手書き文字をデジタル化してシートに打ち出したもの)、上に超偏光塗料を塗っているため、太陽の移動や視点の位置の違いで、文字の色は金、紫、緑、赤など多彩な変化を見せます。その様はまさに宗教的な荘厳さそのものと言えますが、「板の両面に同じ言葉を重ねて貼ったので、その作業がハンパじゃなく大変でした。大勢の友だちに助けてもらってやっと完成できたんです」
 こうした作業も含めて、作品の制作には全過程を通じて20人以上の人間が関わっているとのこと。「建築的な知識を必要とするインスタレーション(空間芸術。作品の展示環境も含めた総体を一つの芸術的空間として呈示する手法)はすべてが未知の体験でしたが、現代アートの自閉的な制作スタイルに物足りなさを感じていたので、共同制作の喜びは大きかった。やり遂げたという感激がありました。そういう感動も、そして手伝ってくれた人々も、一人の人間としての限界を超えることで、私にはすべてが宗教的なものに思えます」
 その一端を担えたことは、塩ビ業界にとっても貴重な体験になったと言えます。

「ゼロダテ美術展2013」にも塩ビアート出展
小林さんの作品
「artificial filter#5 −O−darte town」
 アートで地域振興をめざす「ゼロダテ美術展2013 」(主催:アートNPO ゼロダテ)が、〈Open Mind Go Wild〜心をひらけ 夢中になれ〉をテーマに、10月4日〜27日まで、秋田県の大館市と北秋田市の市内商店街などで開催されました。同展の開催は7回目。
 このうち、大館市商店街の会場には、本誌No.83でご紹介した塩ビアート「artificial filter」の作者・小林美穂さん(東京藝術大学大学院 美術研究科)が、そのニューバージョン「artificial filter#5 −O−darte town」を出展。透明な塩ビシートを組み合わせたロート型のオブジェが、観客の想像力をかき立てていました。