2011年9月 No.78
 

塩ビ管の寝床でヤマネがぐぅぐぅ。
「塩ビ木製巣箱」に注目

丈夫で軽量、運搬もメンテナンスも楽々。
ヤマネの生態観察に福音をもたらした意外なアイデアとは─

 "森の妖精"とも言われる国の天然記念物・ヤマネ。その貴重な生き物が塩ビ管の中で毎日お昼寝している?塩ビ管と木材を組み合わせた塩ビ木製巣箱が、いまヤマネの生態観察の場で効果を上げています。筑波大学農林技術センター八ヶ岳演習林(長野県南佐久郡)から、その状況を現地レポート。

●調査の費用や労力負担を軽減

ヤマネが棲む八ヶ岳演習林

 農林学を基礎としたフィールド科学の研究(食糧、環境、エネルギー問題の解決など)で知られる筑波大学農林技術センター(本部=茨城県つくば市)。同センターの八ヶ岳演習林では、林内のヤマネの生息状況を探るため、2006年から観察用の巣箱を利用してその生態調査を進めています。しかし、体の大きさの割に行動圏が広いヤマネ(雄で2ha雌で1ha弱)の生態を観察するには、広範囲に数多くの巣箱を設置する必要があり、鳥類用の木製巣箱などを用いた従来の方法では、購入費用や巣箱の製作・架設等に要する労力が大きな負担となってきました。また、耐久性が低いことも木製巣箱の弱点でした。
 こうした問題を解消するために考案されたのが、塩ビ管と木材を組み合わせた小型の塩ビ木製巣箱です。丈夫で軽く、値段も安い塩ビ管を利用したことで、調査に要する経済的・労力的負担を大きく低減することが可能となりました。

●試行錯誤の末に生まれたアイデア

 
塩ビ管と塩ビキャップの
円筒型巣箱
  塩ビ木製巣箱の外観
塩ビ木製巣箱の構造

 塩ビ木製巣箱を考案したのは同センター八ヶ岳演習林の門脇正史演習林長と、杉山昌典技術専門職員、そして筑波大大学院生の玉木恵理香さんの3名。その中心となった杉山さんによれば、塩ビ管の利用を思いつくまでには、いろいろな試行錯誤があったようです。
「最初は巣箱イコール自然の素材というイメージが強かったので、100円ショップで売っている筆立てを転用した箱形巣箱とか、六角形の筆立てと角材を組み合わせた鉤型巣箱などを試作してみました。また既製品の鳥類巣箱製作キットも試みましたが、いずれもコストや耐久性、製作時間などで問題が残りました」
 塩ビ管を使うアイデアを得たのは2007年。「もともと塩ビ管を杭の代わりに利用するなど製品知識があったし、掘り起こされた塩ビ管が10年以上経ってもしっかりしているのを見て、その頑丈さに着目した」といいます。
 初めは塩ビ管と塩ビキャップだけを用いた円筒型巣箱が試作されましたが、観察時に巣箱を二つに開く手間が掛かるなど取り扱いに問題があったことから、翌2008年にはその欠点を改善。塩ビ管・塩ビキャップと角材を組み合せた、開閉式で観察しやすい構造の塩ビ木製巣箱が完成しました。

●環境アセスメントにも有効

既製品の木製巣箱(左)と
塩ビ木製巣箱3個分の比較

 塩ビ木製巣箱の作りかたは至って簡単。まず手のこで約10cm長に塩ビ管を切断した後、その片端を塩ビキャップで塞ぎ円筒形の本体を作ります。次に巣穴(入口。直径3cm)を開けた角材と本体を結束バンドで結合し、あとは本体を支える支持棒(竹箸で可)を差し込むだけ。結束バンドを通す穴や支持棒用の穴などを開ける細かな作業を加えても、1日で1人約50個を組み立てることが可能です。ちなみに、予め材料が切りそろえられている鳥類巣箱の製作キットの場合でさえ、1日で組み立てられる数は1人20個程度が限界とのことです。
 なお、円筒形本体は大・中・小3種類(容積約500・350・200cc)があり、1個分の材料費は角材、結束バンド、支持棒などを含め大型で約430円(小型で約200円)と、鳥類巣箱の製作キット(1個800円)の半分程度。
 「塩ビ管は丈夫で軽いのがいちばんの魅力。どこでも買えて安価という点も大きい。塩ビ木製巣箱の重量は大・中・小1セットにしても1kg程度で、塩ビ管のほうは重ねて運べるため、嵩張らずに容易に運搬できます。結束バンドと支持棒さえあれば簡単に現地で組み立てられるし、調査終了時には分解してコンパクトに回収でき、塩ビ管は水で洗えばほとんど一生モノ。こうした便利さは奥山等でのヤマネの生態調査ばかりでなく、ダム・道路工事の際の環境アセスメントにも有効だと思います」(杉山さん)

●モモンガ用にバージョンアップの構想も

森の中で巣箱の説明をする杉山さん

 筑波大学では、2010年5月に塩ビ木製巣箱の開発者3名から知的財産権の継承を行った後、「小型ヤマネ科動物用巣箱」として同年8月に国内特許を出願しており、今後は「職員研修や学生研修などで体験してもらったり、他の研究グループにも紹介するなどして普及していきたい。それと、ヤマネのいる地域の県民の森や学校林、企業の森などに設置すれば『ヤマネのいる森』としてイメージアップになるので、そんなことも情報発信していきたい」(杉山さん)としています。
 また、巣穴の径を変えるなどして他の樹上性動物に対応するバージョンアップ構想も進行中で、杉山さんは「樹上4m以上の高さが必要となるモモンガやコウモリの巣箱は取付作業や観察が大変。これを軽い塩ビ製にしてロープなどで昇降する仕掛けを加えれば研究者の役に立つ」と意欲を見せています。
 現地での情報によれば、最近は道路で分断された森の生き物を交通事故等から救うアニマルパスウェイ(動物のための吊り橋)の資材の一部に塩ビ管を利用する動きもある様子。動物と塩ビ管の意外な共生関係は、さらに多様な展開を続けそうです。

ヤマネ(ニホンヤマネ)とは−

  ネズミ目(齧歯目)ヤマネ科の小型哺乳類。ニホンヤマネは日本の固有種であり、アフリカやヨーロッパなどに生息するヤマネとは区別される。
 体長(頭胴長)5〜8cm、尾長約5cm。背中の黒い縦筋が特徴で、中部山岳地帯を中心に、北は下北半島、南は鹿児島まで全国に広く分布する。夜行性で主に樹上で暮らし、日中は、樹の洞や幹の隙間、鳥類用の巣箱などを利用して休眠(昼寝)する。エサは花の蜜や花粉、木の実、昆虫などで時期によって異なる。1年のほぼ半分は樹の洞や地中、落ち葉の下などで冬眠し、冬眠中は外気温にあわせて0℃近くまで低体温を維持するのでコオリネズミの呼び名もある。国の天然記念物。環境省は準絶滅危惧種に分類している。