2010年3月 No.72
 

「エコハウス」から「エコ街づくり」へ

環境建築のトップランナーが挑む
「点から面へ」のステップアップ

(株)エコエナジーラボ/オーガニックテーブル(株) 代表取締役
(社)日本建築家協会 環境行動委員会 委員 善養寺 幸子 氏

 

●コンサルティングに軸足をシフト

 実は3年前にエコエナジーラボを立ち上げてから、コンサルタント業のウエイトが段々大きくなってきてしまって、今のところ設計の仕事のほうは無期限中止のような状況になっています。
 というのは、エコハウスもだいぶ世の中に広がってきて、建築家としての自分の役割は十分果たしたかなという気持ちになったんです。10年以上前に私がエコハウスをはじめたころは、建築業界の人たちから「エコハウスなんて、断熱材がたくさん必要だし、窓を二重ガラスにしたり太陽光発電を入れたりして、普通の家より高くなる。そんな誰も建てないものを設計するなんてバカじゃないの」と言われましたけど、10年経ってみたら、環境技術を知らない建築家のほうが逆にバカにされる時代になってしまいました。環境省もエコハウス事業を進めていますし、ハウスメーカーも次世代省エネ基準の家を出してきています。そんなふうに、社会そのものがどんどん環境意識を持ってきたので、とりあえず設計の筆を置こうということになったわけです。

★「エコハウス」とは─ 
エコロジーハウスの略。環境負荷の少ない、人間にやさしい健康的な家。エコハウスモデル事業を実施している環境省では、エコハウスの基本的な考え方として、@環境基本性能の確保(設計者、施工者、住まい手が、断熱、気密、日射遮蔽など、住まいの基本的性能を理解し、エネルギーをあまり使わなくても快適に暮らせる住宅をつくる)、A自然・再生可能エネルギー活用(必要なエネルギーは太陽、風、大地の熱、水、植物などの自然エネルギーを最大限利用する)など3つのテーマを掲げ、全国20の自治体をモデルに、地域の気候風土や特色を生かしたエコハウスの実現と普及に取り組んでいる。

 もうひとつは、環境に関わってきた中でもっと大事なことがあるんじゃないかと気がついたからです。それは、社会環境や街全体が変わらない限り、家を一戸ずつ作っても限界があるんじゃないかということ。私は、設計をする立場として環境に配慮した建物を作らなければ環境はよくならない。国際約束も果たせないと思って仕事をしてきました。世の中もそういう流れになってきました。でも、京都議定書でマイナス6%だった日本のCO2削減目標が今や25%にまで上がっている中で、私がいくらエコハウスを作っても砂漠のひと滴みたいなものです。それならば、次の段階として自分がやるべきことは面的対策、つまり街ごとつくるしかない、そのためには、社会システムをどうすべきかなど政策面に自分のエネルギーを全投入する必要があるんじゃないか。そう気がついたのでコンサルティングに軸足をシフトしようと思ったのです。

●地域全体で取り組む「エコ街づくり」を提案

 具体的に言うと、自治体や地域の事業組合などに向けて地域特性にあったエコ街づくりを提案して、地域と一緒に作っていく。そういうコンサルティングをしたいと考えています。
 エコ街ということになると、いっぺんに大量のエコハウスを作ることができます。100戸、200戸という数のエコハウスが一気にできれば社会的インパクトは大きいしコストも安くなります。それを単独のハウスメーカーでやるのではなく、地域の中小工務店や、建築家、市民、個々の林業家などをつないで一種のユニットとして対応する。そういう仕組みづくりをお手伝いしたいと考えています。

 例えば、大企業の場合は倒産したら終わりですけど、ユニットで対応できれば1社がなくなっても他の会社が完成させ、アフターケアもやってくれるし、マテリアルを統一することで地域全体でメンテナンスすることもできます。最近二百年住宅ということが言われますが、私はそういう実質的な安心感のある仕組みを作り、出来るだけ簡素な流通システムの中で消費者に提供しなければ、本当の意味での二百年住宅は実現できないと思います。
 二百年住宅というのはマテリアルの統一でしか成立しないと私は思います。岐阜県の白川郷や福島県の曲家集落、奈良県橿原市の今井町といった所が、何で実際に100年も200年も続いてきたのかというと、それは建物の構造強度や耐震性能が高いといったことではなく、マテリアルが統一されていることで、まめに、そして不変的に、メンテナンスが可能な仕組みがあったからです。
 なぜそういう知恵が教訓として生かされていないのか。ハウスメーカーがやっている超長期住宅の理屈を読んでみてもほとんどそうなっていません。耐震強度が高いだけではだめなんです。時間経過で、間取りも合わなくなってくるし、材料だって古びて替えたくもなります。個人で何千万円負担し、メンテナンスをしていくのは大変です。二百年住宅には突飛な技術より、昔の人の知恵に倣ってマテリアルを統一し、定期的に地域全体で手をかけていく仕組みを作ることが必要なんです。
 こうした具体策を自治体なり事業組合に提示するには、まず知見を蓄積しなければなりません。そのため、エコエナジーラボを立ち上げてから数年は、大学の先生方を集め、行政や企業とともに勉強会ばっかりやっていました。一種の投資期間ですね。ただ新潟や東京などいくつかから既に相談を受けているので、2010年からは、プロジェクトチームを作って実際に動きはじめることになりそうです。

●「学校エコ改修と環境教育事業」の真の目的

 我々が提案して、環境省と一緒にやりはじめた「学校エコ改修と環境教育事業」(囲み記事参照)も、実は一種のエコ街づくりを目的とした取り組みです。学校をエコ改修して、それを教材に子どもの教育に繋げるというアイデアは他にもたくさんありますが、我々の場合は、子どもの教育というより、むしろ行政関係者や学校の先生、PTA、そして地域の建築技術者などに対する環境配慮型地域づくりの教育が真の狙いで、そのための教育センターとして学校がいちばん手頃な施設だったということなのです。子どもへの環境教育は、この事業で学んだことを先生が直接教えてくれればいいと考えています。
 そういう点では、学校エコ改修事業は一般に言う環境教育と違ってもっと広い意味を持つものです。改修に先だって半年ほど開かれる勉強会も、参加したい人は建材メーカーであれゼネコンであれ建築関係者であれば誰でも参加できるし、そこで自分の考えや技術をPRして、みんなが合意したら採用する仕組みになっています。これもちょっと変わった点で、建築業界を熟知しているからこそ、単純な環境コンサルティングとは違うアプローチで制度を作ることができていると思っています。
 これまでのところ、改修を行った学校については、平均で25%のCO2が削減できた実績の数字が出てきていますが、そういう実際の効果とは別に、地域によっては公共事業すべてにこのスキームを使いたいという所もありますし、教育を受けた生徒も既に数千人という単位になっています。そういう子どもたちが大人になれば、当然住宅や公共施設に求めるものも変わってくるでしょう。
 我々もここで得たノウハウや合意形成のプログラムなどを、今後のエコ街づくりに役立てていこうと思っています。

■環境省の「学校エコ改修と環境教育事業」 (エコフロー事業)

エコフロー事業のコンセプト

 2003年度に行われた環境省主催のNGO.NPO/企業環境政策提言において優秀提言に選考された「既存校舎のエコリノベーション&環境教育」(提言者はオーガニックテーブル(株))を具体化したもので、2005年度からスタート。
 学校を地域社会の核、ヒートアイランド・温暖化防止策の拠点と位置づけ、既存の学校校舎をエコ改修(冷暖房負荷低減のための断熱改修や、太陽光発電等の自然エネルギーの導入、屋上緑化等)するにあたり、その改修の過程や改修された校舎を、児童のみならず、地域住人や地域の建築技術者など、社会人に対しての環境教育の教材としても活用し、地域ぐるみで環境配慮社会を形成していくことを目的としている。現在までに全国の小中高20校がモデル校に選定されており、オーガニックテーブルが全国のサポート本部を務めている。

●断熱改修のCO2削減効果

 エコ改修というと単純に省エネとか太陽光パネルを乗っけるといったイメージがあるかもしれませんが、それだけでは良い改修になりません。学校エコ改修の実績を買われ、文部科学省の研究所の委託で、東北と関東の例を基準に、断熱材を増やし、窓周りの性能を上げ、日射遮蔽を行い、熱負荷を軽減した場合、設備を変更した場合など、夏冬双方でどれだけCO2を削減できるかをシミュレーションしましたが、建物の性能を上げ、熱負荷を軽減すれば、冷房を導入しても断熱改修すればCO2が削減できるという数字が出ています。冷房を入れるとエネルギーが増えると思われがちですが、ちゃんと断熱をすると冬のエネルギー使用が減る分、夏に少し増えても全体としては下がってくるわけです。先ず、建築性能を高めれば、設備のスペックも小さくて済むことになり、機器コストも光熱費も大幅に下がってきます。
 北海道、東北などの地域では、寒さがほんとに激しいので、窓枠の断熱、結露防止に塩ビの断熱サッシを採用することが当たり前になってきています。
 それと、最近、塩ビ製品で面白いと思っているのはフラクタル日除け(※木の葉の構造を模して塩ビのリサイクル材で作った日除け)ですね。特に、メンテナンスを考えるとどうしても木を植えられないような場所、例えば東京ディズニーランドの駐車場のように面積の大きい場所では、舗装面の蓄熱を防げてヒートアイランドの抑制にもなります。ヒートアイランド対策の中で、木以外の方策に苦慮していたので、そういう点では期待できる製品だと思います。

●エコ街づくりへのチャレンジを楽しむ

 私は、子どものころから何か理不尽なことがあると闘わずにはいられない性分で、高校進学のときも、成績一辺倒の学校教育に対する反抗意識もあって、みんなが成績で学校を選ぶ中、関係なく工業高校を選択して学校の恥と教師に罵られました。行政に対しても同じです。学校のエコ改修も、なんでこんな大事なことを行政はやらないんだという不満から環境省にモノ申したわけです。そしたら、環境省は面白いと、民間から募集している政策提言に出せということになり、今に至っているわけです。
 理不尽なことに対しては、ひたすら真剣に、理を通して発言し続ける。そうすると、相手が国だろうと段々怖いものなしになってくるし、どこかで必ず拾う神が出てくるんです。そして、それが大きな力になってくれば、日本も、ともすれば世界も変えられる。今まで環境に携わってきた中で、そういう人間に対する期待を持てるようになりました。これからもそんな気持ちでエコ街づくりへのチャレンジを楽しんでいきたいと思います。

(取材日/2009年11月16日)

略 歴
ぜんようじ・さちこ
  古い工場とアパートを
エコ改修した事務所
  一級建築士(株)エコエナジーラボ/オーガニックテーブル(株) 代表取締役
 1966年東京生まれ 東京都立工芸高校金属工芸科卒、東京都立品川高等職業技術専門校 建築製図科卒 乃村工芸社、(有)都祭建築構造設計事務所、(株)環境設計綜合事務所を経て、1993年独立。1998年一級建築士事務所「オーガニックテーブル」設立(2001年法人化)。2006年(株)エコエナジーラボ設立。省エネ・環境建築のトップランナーのひとり。2004年に当時の小池環境相の呼びかけで発足した環境ビジネスウィメンの第1期メンバーで、現在、その事務局長も担当している。
 自邸『アクティブエコ住宅』の設計で、日本建築士会連合会実践奨励賞を受賞(2000年)したほか、建築環境・省エネルギー機構の第5回環境・省エネルギー住宅賞(2001年)、フォレストモア木の国日本の住宅デザインコンペ2003最優秀賞など受賞多数。日本建築家協会環境行動委員、環境省輪の国くらし会議文科会メンバー、同中央環境審議会総合政策部会臨時委員などを歴任。著書に『リフォームする前に読むQ&A80』(山海堂)、『環境ビジネスウィメン』(日経BP社)『環境保全活動・環境教育推進法を使いこなす本』(中央法規出版)『建築家のメモ2』(丸善)などがある(いずれも共著)。