2008年12月 No.67
 

無暖房住宅をめざして−開発の最新情報

高気密高断熱で光熱費ゼロに挑戦。塩ビ建材にも期待される役割

長野市に建設されたモデル住宅
 近年の原油高や地球温暖化防止への対策として、いま住宅の無暖房化への関心が高まっています。塩ビサッシや塩ビサイディングなど塩ビ建材の役割も期待される無暖房住宅の開発の現状について、日本における研究のパイオニア・山下恭弘信州大学名誉教授(工学博士、現山下研究所主宰)にお話をうかがいました。

●究極の省エネ住宅

山下名誉教授

 建物の気密性を高め、人体などから発する熱や太陽熱、家電機器の排熱などを上手に利用することで冬場の暖房エネルギーをカットし、夏場もごく少量の電力消費で快適な室温を維持する−それが無暖房住宅のコンセプト。この究極の省エネ住宅とも言うべき住まいのアイデアは、もともとは寒冷な気候のヨーロッパから生まれたものですが、その動きに日本でいち早く着目し研究に取り組んできたのが山下博士です。  
 「私自身は、徹底して断熱材を厚くし、開口部を改良して、計画換気を効率的に行うことにより、暖房器具がなくても快適な生活を維持できるとの考えを前から持っていた。その後、ヨーロッパではそうした住宅が建設されていると聞き、日本でもできないはずはないと思い、SAH会(信州の快適住宅を考える会。山下博士が会長を務める産学協同の研究組織)の中にワーキンググループを設けてシミュレーション計算などの検討を続けてきた」(山下博士)
 同会の計算では、断熱材を厚くすると冬の電力消費は限りなくゼロに近づき、夏の冷房も夕方から朝方にかけての冷気を取り込むなど使い方によってかなりの省エネになるという結果が出ていました。しかし、気密性を高めるには厚さ50cm前後の断熱材が必要となることから実用性、採算性などで疑問視する意見もあり、2005年8月にまず信州大学構内に実験住宅を建設して通年のデータ採取を開始。翌年、その実験結果が公表されて一躍無暖房住宅への注目が高まることとなりました。

●実験住宅で無暖房実現の可能性を確認

実験住宅の外観(左)と断面図

 信州大学工学部のキャンパスに建設された実験住宅は、16m2(8畳間弱)の木造平屋建て。グラスウール(GW)を断熱材に使用した壁の厚さは構造合板を挟んで内外52cm。天井は70cmのGW 吹き込み、床は10cmの発泡硬質ウレタン+40cm GWで、開口部には三層ガラスのアルゴンガス入り木質サッシ、外装材には塩ビサイディングが採用されました。また、実際の生活を再現する狙いから、人体と同程度の熱を発する簡易人体模型2体を室内に設置したほか、家電(小型冷蔵庫)、照明の排熱を時間的に発生させて、詳細に消費エネルギーを測定しています。
 この実験の結果から、冬季の無暖房が予測どおりに実現できることが明らかになりました。例えば、真冬日が続いた1月第1週のデータは、内部発熱のみの無暖房で平均20℃以上 を維持したことを示しています(図参照)。夏場については、梅雨の湿気や夏季の暑熱を考慮して高効率のエアコンを設置していますが、窓の外側に日除けをつけたり、夜間は窓を少し開けるなどの対応によりエネルギー消費が劇的に少なくなることが確認されました。

図 実験住宅の測定結果(2006年1月)

 一方、この実験結果に基づいて、地元の建設会社によって長野市と北佐久郡の御代田町に建てたモデルハウス2棟についても、2006年春から1年にわたって山下研究室が測定を行ったほか、実際に4人家族が住居している駒ヶ根市の無暖房をコンセプトにした住宅についても1年間データ収集を実施。御代田町、駒ヶ根市の住宅は複層ガラスの内側は真空ペアガラスに代えた塩ビサッシが使われました。3住宅とも徹底した高気密高断熱化と計画換気などにより年間の冷暖房負荷が大きく低減できる(国が定める次世代省エネルギー基準の1/8以下)見通しが得られています。


●「リーズナブルなコスト」が普及のカギ

北佐久郡御代田町のモデル住宅

 こうした計測結果はマスコミでも報道され大きな反響を集めましたが、山下博士は無暖房という言葉が独り歩きして誇大広告まがいの販売も出てきている最近の状況に、次のように警鐘を鳴らしています。
 「無暖房住宅とはいえ、住む人の年齢や体質によって気温、快適感の体感は異なるので、現状では最低限の冷暖房設備は必要だ。無暖房住宅という表現は誤解を招きやすい言葉であり、省エネ住宅の先進国であるドイツでは近年無暖房住宅の代わりにパッシブハウス(自然エネルギーも有効に使いながら、暖房、冷房設備をできるだけ使わない住宅)という言葉を使うようになっている。私も厳密には無暖房・最適省エネ住宅と呼ぶほうがふさわしいと考える。最適とは、夏場の遮光や外気の取り込み、冬場の日射の利用など、住む人が自分で工夫することも必要という意味だ」
 ドイツでは既に全国で約1万戸のパッシブハウス建設の実績があって、今年2月には、2020年までに全ての新築建物をパッシブハウス化することを義務化する省エネ法の改正も行われています。
 これに対して、日本における今後の無暖房住宅普及の可能性はどう見ればいいのか。「一般住宅並みのコスト実現が最大の鍵になる」というのが山下博士の考えです。
 「無暖房住宅だからコストが高くなるのでは普及はおぼつかない。建材の流通仕入れのopen化、受注から建築施工・完成、引き渡しまでの流れを短縮する工夫などによって、コストを抑えることは可能なはずだ。要は“いいものを安く、リーズナブルな値段で”ということだが、そういう意味では、断熱構造体を基本にして内装外装設備はユーザーが自由に選択するオープンな販売形態が重要になってくる」
 長野市ではいま、山下博士のアドバイスを受けながら、地元のリフォーム業者が坪単価55万円程度で太陽電池搭載の無暖房住宅(建坪約41坪)の建設に挑戦中で、年内に完成の予定。また、地元の大手住宅建設業も挑戦しており、来年中に併せて20棟前後は建設される状況にあることから、博士は「来年は長野を中心に急速に普及が進んでいくのでは」と期待しています。


●塩ビ建材の役割。コスト抑制にも効果

  最後に、無暖房住宅を実現する上での塩ビ建材の役割についてご意見をうかがいました。
 「梅雨があり夏の酷暑期もある日本のような気候条件では、耐候性に優れた塩ビサッシは何より普及させるべき建材だと思う。ただ、三層ガラスの場合樹脂サッシ部分は、より断熱強化をして熱損失を少なくするための更なる工夫が必要だ。塩ビサイディングについては、撥水性がある上、雨仕舞い(建物に雨水が入るのを防ぐ施工方法)のすぐれた工法でシーリング材を必要としないため、修繕や定期的なメンテナンスがとても楽だという点に大きな魅力がある。断熱構造をしっかりさせる上で、ほかの外装材などに比べてより軽量で済むし、コスト抑制の要因のひとつにもなる」