2008年12月 No.67
 

「200年住宅」の実現に挑む

国民の経済的負担を軽減し、
持続可能な社会を実現する超長期住宅の可能性

東京大学生産技術研究所 副所長/工学博士 野城 智也 氏

 

●「200年住宅」とは何か

 「200年住宅」とは、必ずしも実際に200年持つ住宅という意味ではありません。肝心なのは「超長期的に維持管理され、数世代にわたって利用できる住宅」ということであって、それにより持続可能な経済社会を実現していくための、いわば標語のようなものと理解してもらえればいいと思います。
 では、なぜいま住宅の長寿命化が求められるのでしょうか。それは、国民の住居費負担が重過ぎる上に、その負担が報われないという日本の現状をどうしても変える必要があるからです。
 日本の木造住宅の平均寿命は50年程度と言われ、15年もすれば資産価値はゼロになってしまいます。傷んだ部材を取り替えながら適切に維持管理をしていけば長期にわたって使用できるのに、短期間で市場価値が失われてしまうため、住宅を作っては壊し作っては壊ししている。その結果、日本の住宅は物理的な耐久性が短いという根拠のない思い込みができてしまって、さらに住宅の建て替えが進むという悪循環に陥っているのです。これは国民の資産形成という点でも、国富という点でも、さらには持続可能性という点でもあまりに大きなロスです。こうした状況を逆転させるには、長期使用に耐える住宅は経済価値があるものとして評価されるような仕組みを整えて、より質の高い中古住宅のストックを作っていくことで国民の負担を軽減しなければなりません。
 「200年住宅」という言葉が注目され出したのは、2007年5月に自民党の住宅土地調査会(福田康夫会長)が『200年住宅ビジョン』と題するレポートをまとめてからのことです。このレポートは同会が1年掛かりで練り上げたもので、その根本には今私が述べたような問題意識がしっかり踏まえられています。予算ばらまき型の政策ではなく、本質的に経済構造を変えることで社会を持続させていくという『200年住宅ビジョン』の発想は、歴史的に見て後世の人たちから高く評価されるべきものと私は考えています。
 実は、2006年の5月に調査会が実施した非公式の勉強会で、詳しく私見をお話しする機会をいただいたことがありました。その時、当時はまだ首相に就任されていなかった福田さんが「お話を参考にこれから100年住宅ということを政策提言していきたい」とおっしゃったので、私は余計なことかとは思いましたが、「100年住宅ということは四半世紀以上も前から目標としては建築界も掲げてきたことで、もし政策的に新機軸をお出しになるなら200年住宅ぐらいでないと新しいメッセージとして社会に広がっていかないし、建築関係者にとってもそのほうがチャレンジしがいがあると思います」と申し上げました。そんな経緯で「200年住宅」という言葉が流通しはじめたわけで、名づけ親は福田首相だったということです。

●超長期住宅先導的モデル事業のスタート

 その後、具体的な政策展開がどうなるかはわかりませんでしたが、昨年(2007年)秋に福田内閣が誕生して、200年住宅が正式に政府の政策の中に組み込まれてからは、思いもしなかった、それこそ暴風に近いような追い風が吹き始めました。例えば、国土交通省が2008年度からスタートした超長期住宅先導的モデル事業の実施もそのひとつです。
 この事業は、先導的な材料や技術、システムが導入されていて「住宅の長寿命化に向けた普及啓発に寄与するモデル事業」の提案を国が公募し、優れた提案に対して事業の実施に要する費用の一部を補助するもので、5年間にわたり各年130億円の予算が投入される計画になっています。募集する提案事業は、1住宅の新築、2既存住宅等の改修、3維持管理・流通等のシステムの整備、4技術の検証、5情報提供及び普及の各部門に別れていて、年3回の募集となっており、既にこの7月に第1期の約40事業が発表されています。第2期募集の審査結果は11月はじめ頃に発表される予定です。
 私も、事業を委託されている(独)建築研究所の評価委員のひとりとして審査に参加していますすが、何しろ多額の税金を投入して発想の転換を図っていくことを目的とした事業ですから、審査に当たっては、単に今の住宅に比べれば水準が高いというだけでなく、先導的なモデル足りうるという点に最大のポイントを置いて厳格に提案の絞り込みを行っています。
 先導的という意味には、これまでになかった新規の技術やシステムを使っているということだけではなく、もうひとつ、技術そのものに新規性はないけれども使い方やシステムに新規性があるということも含まれます。逆に言うと、断熱や免震性がしっかりしていて部材にも地元の材料が使われているといったことだけでは、先導的なインパクトはまだ弱い。そういう条件を満たしながら、同時に今後長期にわたって住まい手と一緒に維持管理をやっていくための提案が備わっていることで初めて、ある種の先導性が出てくるということになります。とにかく超長期住宅を絵に描いた餅にしないために、事業の効果が出てくることを期待しています。

●住まいのカルテ「家歴書」の提案

 福田内閣により、はからずも200年住宅を目標に掲げた政策が練り上げられたことは、提案者として大きな喜びであると同時に、責任も感じます。そこで、先ずは隗より始めるのが研究者としての務めだと認識し、ここ数年は、家歴書(住宅履歴書)のシステムづくりなど、自民党の勉強会の席で提案した方策を具現化するための技術開発や制度提言に取り組んでいます。

 「家歴書」とは、要するに、住宅が作られたときの設計図書や施工内容、その後のリフォームや点検の履歴などをすべてまとめた一種のファクトシートのようなもので、住宅のカルテと言えばわかりやすいでしょう。「200年住宅ビジョン」に盛り込まれた超長期住宅実現のための12の提言のひとつにも挙げられています。
 私がこのシステムを提案したのは、たった15年ぐらいで木造住宅の資産価値がゼロになってしまうような、非常に歪んだ経済的価値判断を正して中古住宅の流通を促進するためには、その住宅が実際に持っている品質、性能を証明できる材料が必要だと思ったからです。
 それともうひとつ、住宅のトレーサビリティを高めたいということも提案した動機のひとつでした。例えば一昨年ガス機器の不具合で死亡事故が発生した際、販路が複雑すぎてメーカー自身、自社の製品がどこで使われているかわからないという問題が起こりました。建材でも、製造当時はわからなかった部材の不具合が、後になって明らかになるということは今後決して起こらないとはいえません。それに対応するには、自分たちの出荷したものがどこに行っているか、シリアルbニその所在地の情報が対になっていることが、メーカーのリスク回避のためにも消費者保護という点でも必要なのです。

●家歴書ソフトウェア「スマイル・システム」の開発

 家歴書のシステムは既に部分的に出来つつあります。例えば、国土交通省の外郭団体である(財)ベターリビングが30年ぐらい前から実施しているBLマークの制度(ベターリビングの試験または基準をクリアした製品にBLマークを発行し、マークが貼ってあれば過失の所在に関わらず、ユーザーが保険で救済される制度)を利用して、その上にICタグを付けたりバーコード化することでトレーサビリティを確保しようという検討が進んでいます。経済産業省も、(社)日本建材・住宅設備産業協会(建産協)との連携で類似のシステム構築を検討しており、私もその検討に参加しています

家歴書のイメージ

 一方、私の研究室と東京ガス(株)、それにソフトウエア開発会社や建築士などが参加する有限責任事業組合の3者は、SMILE(スマイル)プロジェクトと名づけた「家歴書」開発の共同研究を進めています。昨年10月には、インターネット上で家歴書を管理するソフトウエア「スマイル・システム」を開発し、プロジェクトのホームページ(http://www.kke.co.jp/smile/)で試験的に公開しています。このシステムは、住宅の所有者が、自宅の設計図や施工記録、リフォーム歴などの情報をあらかじめ入力しておき、住宅の売却などの際に情報を取り出して利用するもので、記録項目には電気やガスなど光熱費の履歴も含まれるので、省エネの管理もできるようになっています。

●プラスチック建材メーカーへの注文

 初めに申し上げたように、住宅を長期間使っていくためには、傷んだ部材を取り替えながら適切に維持管理していくことが必要ですが、建築材料そのものについては、長寿命であること以上にメンテナンスしやすいということが重要な条件だと考えています。もちろん、5年おきに傷んで取替えなければならないような建材では困りますが、大事なことは、耐久性のある部材でも、メンテナンスの必要が生じたときに道連れ工事(ある部材を代えるためにまだ使用できる部材まで壊さなければならいないような工事)を発生させないような製品設計をすべきだということです。
 そういう意味では、日本の伝統的な木造住宅というのは、1000年かけて磨いてきた技術の粋だけに、増改築に当たって大幅に部材を代えずに済むようにできています。畳や襖はその最たるもので、現代建築であれだけ洗練された構法は非常に少ないと言わざるを得ません。
 つまり、どこがどう傷みやすくて、どう取り代えればいいのかを考えて設計内容に反映していくことが大切なので、その点、プラスチック建材は物性変化の予想がつかないという点で、これまで建築屋を困らせてきたといえます。というのも、耐候性のラボテスト結果と実際の挙動、例えば塩水をかぶり、熱を受けて、かつ紫外線も浴びているといった劣化要因が複合的になった場合の挙動が必ずしも合致しない。プラスチック建材のメーカーには、ラボテストだけでなく、できるだけフィールドデータも集めて我々にフィードバックしてもらえるような仕組みを作ってもらいたいし、そうなれば、我々も適材適所で使っていくことができます。
 塩ビについては使用歴が長いこともあり、他のプラスチックに比べて物性が非常に安定していることは我々も経験的に承知していますが、それでもやっぱり実際のフィールドデータがわかったほうが使いやすい。タイルカーペットのように、傷んだ部分だけ取り替えられるビジネスモデルができていて確実にリサイクルも行われている製品は優等生だと思います。

(取材日/2008年9月8日)

略 歴
やしろ・ともなり
  1957年東京都生まれ。1985年東京大学大学院工学系研究科建築学科専攻博士課程修了(工学博士)。旧建設省建築研究所主任研究員、武蔵工業大学建築学科助教授などを経て、1998年東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻助教授、1999年東京大学生産技術研究所助教授、2001年同教授。2007年4月から現職。経済産業省日本工業標準調査会委員、サステナブル建築世界会議(SB05)学術委員長。2006年「持続可能性の向上に資する建築生産のあり方に関する研究」で日本建築学会賞受賞。  
  主な著書に、『人間住宅環境装置の未来形』(INAX BOOKLET/共著)『サステナブル建築と政策デザイン』(慶應義塾大学出版会/共著)『サービス・プロバイダー−都市再生の新産業論』(彰国社)などがある。