2001年12月 No.39
 
持続可能な発展とエコロジーを両立する
「エコ効率分析法」の可能性

  《経済性に優れ環境にもやさしい製品》を効率的に選択できる
   画期的な分析ツール

 

 神戸山手大学人文学部 環境文化学科教授 K. H. フォイヤヘアト

●「エコ効率分析法」とは何か?

 
  エコ効率分析法は、ドイツの化学メーカーBASF社によって開発された、製品設計のための新しい分析ツールです。その特長を要約すれば、「経済とエコロジーを融合させて、環境対策を考えながら持続可能な発展をも可能にするツール」と言えます。
 エコ効率分析法を使って製品の経済的側面とエコロジー的側面を同時に分析することにより、企業は経済性に優れ環境にもやさしい性能を持つ製品を効率的に選択することができます。
 例えば、同一の用途に用いられる何種類かの製品や製造プロセスの中から何を選ぶのが最も経済的かつエコロジカルなのかを検討する場合、あるいは研究段階にある製品について他社の競合製品や代替製品と比較する場合など、エコ効率分析法を使えば、それぞれの長所と短所を比較検討することにより、企業は経済・環境両面での自社製品の位置付けを明確にしたり、最適な製品設計を容易にすることができます。
 言い換えれば、エコ効率分析法とは、経営者の意志決定を速やかにすると同時に、研究費用をエコ効率の優れた製品開発へ的確に投資することを可能とし、結果として企業の競争力を養うという効果をもたらすツールだとも言えるでしょう。
 

●分析の方法―エコ指紋による分類

 
  エコ効率分析法では、まず環境への影響に関するデータを、「エコロジカル・フィンガープリント(エコ指紋)」と呼ばれる5のカテゴリーに分類します。
 このカテゴリーには原料・エネルギーの消費量と環境に与える影響(大気や河川への排出物とその量など)、固形廃棄物の種類とその量、使用された物質と廃棄された物質の潜在的毒性、潜在的リスク、さらには最終ユーザーがその製品を使用した際の消費行動、リサイクルや廃棄管理などのさまざまな要因がインプットされます。
 ここで詳しく説明することはできませんが、各カテゴリーの背後にはたくさんの細かい判断基準が隠されていて、ひとつの製品や製造プロセスが環境に与える影響の全貌がおびただしいデータの集積から明らかになるわけです。
 一方、経済的なデータについては、製品の製造に必要とされる原料とエネルギーのコスト、他社の代替製品なども考慮に入れます。
 この結果に基づいて、最終的な数値が「エコ効率分析図(図1)」と呼ばれるグラフに入力され、グラフのどの位置にマークがつくかによって製品のエコ効率が割り出され、コスト面での弱点とコスト削減の可能性を簡単に確認することができます。
 表1はエコ効率分析法から導き出された結果とその対応策の典型的なパターンを示したもので、これをご覧になれば、この分析法が企業にとってどんな意味を持つかがよく理解できると思います。

 

●プラスチックへの逆風の中で

 

  このように、LCA(ライフサイクル・アセスメント)の考え方、手法を生かしながら企業の費用削減を図り、同時に社会の利益という点からも製品を改善していけること、それがエコ効率分析法の画期的な点だと言えます。
 BASF社がエコ効率分析法の開発をスタートしたのは1996年のことで、私も責任者のひとりとして、川下の中小企業など多くの関係者の協力を得ながら開発作業に参加しました。
 現在では、この手法によって既に100にのぼる製品と製造方法について分析されていますが、具体的な例を見る前に、我々がなぜエコ効率分析法の開発に着手したのか、その経緯について少しだけ説明しておきたいと思います。
 1990年代初頭のドイツの状況を振り返ってみますと、プラスチック・化学業界は非常に大きな問題に直面していました。
 それはドイツ統一によるプラスチック包装材の増加とこれに伴う最終処分場の減少、さらには、新しく登場したエコバランスとかLCAといった手法によって製品の生産および使用の段階での環境負荷の低減を図ろうとする動きが出てきたことです。
 その結果、行政もマスコミもプラスチックを包装材過剰使用の犯人として問題視するようになり、プラスチック業界はイメージアップのための早急な取り組みを迫られることになりました。

 

●冷静な議論を可能にした、業界の努力

 

  我々がまず手をつけたのは、プラスチック容器包装材のエコバランスを自ら調査してみることでした。我々はこのプロジェクト通じて、プラスチックの生産またはリサイクルの段階において発生するごみの量や塩ビの環境負荷が一般に考えられるほど大きくないこと、エコバランスがそれほど完璧なツールではないことなどを精度の高いデータで証明しました。
 また、一方ではDSDによる包装材のリサイクル事業も始まり、塩ビについても窓枠などのリサイクルで目覚ましい進展が見られました。
 こうした努力の結果、96年ごろにはプラスチック業界に対する社会的な批判もだいぶ収まりを見せるようになり、反対の立場にいる研究者や行政関係者の意識も次第に冷静さを取り戻し始めました。企業の環境専門家と研究者が何度も討論を重ねる中で、相手に対する理解と一種の信頼感が生まれ、場合によってはお互いに反論し合える自由な雰囲気も出てきました。これは、90年代初めには考えられなかった非常に大きな変化だったと思います。
 この時点でBASF社内では、それまでの環境負荷の研究などで培ってきたノウハウを生かして次の展開を考えるようになっていました。それは、製品の全体像を把握するには、生産の段階だけでなく、使用の段階さらにその次の廃棄、リサイクルの段階までを含めて環境負荷と経済性を正確に分析できるツールが必要だということです。こうした考えの中からエコ効率分析法が生まれました。

 

●最適なプラスチック・リサイクル法

 

  エコバランスなど他の分析ツールとエコ効率分析法とのいちばんの違いは、金銭的負担という観点を加えているか否かということですが、経済的観点を含まない分析法で製品の優劣を正確に判断することには当然限界があります。
 例えば、エコバランスで製品の環境負荷を分析するには膨大なデータの収集を必要としますが、その割に信頼できる結果がなかなか得られません。
 ここで、エコ効率分析法で調査した事例の中からおもしろいデータをご紹介します。別掲のエコ効率分析図(図1)はAPME(欧州プラスチック製造者協会)がヨーロッパにおける使用済み包装用プラスチックの処理方法のあり方について研究した結果を整理したものです。
 それまでヨーロッパでは、プラスチックのリサイクルはできるだけメカニカルリサイクル(日本でいうマテリアルリサイクル)を多くすべきだという考えが主流で、政治家や行政などもメカニカルリサイクルを50%以上にして、残りを焼却処理するのが最善という意見を持っていました。
 ところが、エコ効率分析法を用いて調べた結果はそうではありませんでした。メカニカルリサイクル15%と焼却処理85%との組み合わせが最もエコ効率的に優れており、メカニカルリサイクルを50%にすると、環境負荷はあまり変わらないのに金銭的負担ははるかに大きくなることが分かったのです。
 この結果によって、APMEはより適切なプラスチックの処理法を政治家に提言できました。

  <図1>

 

●塩ビ業界もエコ効率の利用を

 

  最後に日本の塩ビ業界にひとつだけお願いしたいことがあります。先ほども触れたように、塩ビの環境負荷がそれほど大きくないことは我々の研究からも明らかになっています。ただ、将来を視野に入れて考えるなら、日本の塩ビ業界もリサイクルを含めて製品の長寿命化ということを真剣に考えてほしいと思います。使い捨てという考えをやめ、なるべく長く使える製品を開発してほしいのです。
 また、消費者・ユーザーを指導することも業界の大切な仕事です。消費者、ユーザーは、製品を買い、長い間使った後、その製品をまたメーカーに返すという役割があります。これに対してメーカーや業界は、「こういう製品を作ることになったが、後でリサイクルしやすくするために消費者は製品をていねいに使い、こういう形で返してほしい」といったことを、第三者任せにするのではなく、自ら指導する権利と義務があります。
 もちろん、そのためには設計の段階からリサイクルしやすく丈夫な規格を考えることも必要です。そういう製品設計を選択する上で、塩ビ業界もぜひエコ効率分析法を利用してもらいたいと思います。
 これからの市場では、エコロジカルな要因を考慮に入れない企業は生き残れません。エコ効率分析法は、持続可能な発展を目指す企業にとって必ずや決定的な競争力になることでしょう。

 
■プロフィール Karl-Heinz Feuerherd
 1977年BASF入社。同中央研究所に所属。1981年BASFジャパンの研究開発企画室の責任者として東京に赴任。その後ドイツ本社のプラスチック研究所へ戻り、1997年からエコ効率およびエコバランス・グループの責任者に就任。エコ効率分析法開発の中心的存在として力を発揮するかたわら、ISOやDINなどの標準化委員としても活躍。欧州プラスチック製造者協会でLCAグループの会長を務めた後、2000年4月から神戸山手大学の教授に迎えられた。