2000年12月 No.35
 
地球温暖化問題とこれからのエネルギー利用

  大事なのは「エネルギー消費を増やさず快適な暮らしを維持する方策」
  を考えること

 

 (財)地球環境産業技術研究機構(RITE)副理事長/研究所長 茅 陽一

●ローマクラブへの参加が人生の転機に

 
  ローマクラブの活動に参加したことは、私の人生にたいへん大きな影響を与えた出来事でした。私がクラブの会員になったのは1973年のことですが、実際には例の有名な報告書『成長の限界』が出された70年前後から関わっていて、それ以降、長い間ローマクラブと緊密に連携しながら仕事をしてきました。当時私はまだ30代の後半で、日本人のメンバー6人の中では最年少の会員でした。
 もともと制御工学とか電力工学が専門だったので、エネルギーや環境問題とつながったところを研究対象にするようになったのは自然な成り行きだったとも言えます。その後、ローマクラブ自体は徐々に衰退して、私も97年頃にはメンバーを止めてしまいましたが、現在の仕事がクラブへの参画をきっかけとして始まったことを思えば、この体験が私にとって極めて貴重なものだったことは間違いありません。
 その頃から私が最も関心を持っていたのは地球温暖化の問題でした。当時、温暖化問題などに取り組んでいたのは気象学者ぐらいのもので、1980年ころまでは現実的な対策について考えている研究者など殆どいなかったのです。しかし、80年代に入ってから急激に地球環境や大気の問題が議論されるようになり、88年6月にカナダのトロントサミットに合わせて開かれた環境会議では、議長のステートメントという形で2005年までに二酸化炭素の排出を20%削減するという提案が示され世界的な注目を集めました。また、その少し前には世界気象機構(WMO)が温暖化問題についての専門家会議を作るべきだという提案を出して、これが88年11月のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)設立につながったわけです。
 

●二酸化炭素6%削減は“急ぎすぎ”

 
  IPCCには、私も日本の代表メンバーとして最初から参加しました。アメリカのグループと協力していろいろな研究をやったり、92年の地球サミット(UNCED、リオデジャネイロ)で気候変動枠組条約が採択された際は学術面の作業を受け持ったりもしましたが、その後温暖化問題は文字どおり国家間の問題になってしまって、各国のCO2削減目標を定めた97年12月の第3回締約国会議(COP3、京都)でも、残念ながら我々研究者が立ち入る余地はありませんでした。
 ただ、我々の主張だけは伝えました。私はその時の日本の目標としては90年比ゼロ%というレベルで安定化することが精一杯であり、それ以上無理をすべきでないと考えていたのです。なぜかというと、この問題は非常にロングタームで考えるべきことであって、一時の勇み足で安易に削減目標を掲げて競争じみたことをするべきではない。減らすことがさも簡単であるかのように考える風潮は非常に危険であり、もっと腰を落ち着けてやるべきだという意味でゼロ%と主張したのです。
 日本政府も直前まではその線でまとまっていたのですが、いざ会議になると一転して6%削減に決定してしまいました。それをどうやって実現するかに四苦八苦しているのが現状です。やはりこの問題は、地道でもいいから本質的な努力をすることが大事なので、その考えは今も変わっていません。
 二酸化炭素問題に世の中がどうしたら関心を持ってくれるかと必死になって取り組んできた私が、気がついたらあまり無茶苦茶なことをやるなと却って抑える立場に立ってしまったようで、自分でも妙なものだと思いますが、考え方は首尾一貫しているつもりです。
 

●無理な我慢は長続きしない

 

  CO2を6%減らすということは、その分だけ「エネルギーを使うな」ということです。それは人々に思い切った我慢を強いることになります。ゼロ%でさえ相当な我慢なのに、そんなことが永久に続けられるはずがありません。それよりも、本質的な問題はこうだから我々の文明をこう変えるべきだという方向で、皆が考え方を変える努力をするほうが基本であって、考え方を変えずに我慢だけするというのは絶対長続きしないし、却って問題を難しくするというのが私の考えです。
 例えば、建物の冷房を28℃にするというのも、湿度の低い国ならともかく、湿気の多い日本ではもともと無理な目標値なのです。そうではなく、快適に暮らせる温度が26℃なら26℃でもいいから、そういう快適な暮らしをエネルギー消費を増やさずに維持するにはどうしたらいいかを考えることこそ大事なのです。そうすれば必然的に住宅の断熱効果を上げねばならないということになり、政策もその方向に進んでいく。こうした努力のほうがはるかに意味のあることだと思います。
 ところが、日本ではそういう本質的な変革の議論がなかなか出てきません。先日、橋本元首相が会長を務める地球環境議員会議の専門家会合で街づくりの問題を議論した際も、多くの出席者が「エネルギー効率が高く環境的に住みよい街を作るにはどうしたらいいかといった研究がない」ということを指摘していました。どういう街づくりをしたら交通がいちばん少なくて済むか、単に車を追い出してしまうのでなく、最小限の量をスムースに流すにはどうしたらいいか、街そのものを環境共生都市にするにはどうしたらいいかといった議論がないというわけです。私もこの意見には賛成で、総合的な研究をもっとやらなければならないのではないかと最近は思っています。

 

●CO2回収技術の開発へ、RITEの取り組み

 

  幸いCO2の問題については、回収処理の技術開発の面で日本でも新しい試みが始まろうとしています。その中心になっているのが地球環境産業技術研究機構(RITE)です。RITEは日本政府が1990年のヒューストン・サミットで提唱した「地球再生計画」を具体化するために設立された組織で、再生計画に基づき地球環境関連の技術開発を推進することを任務としています。
 CO
2の回収処理技術としては、海の中深層に投入する海洋処理と枯渇した油井などを利用する地中処理の2つが世界的に注目されていますが、いまRITEが検討している具体策もその両方に関わるもので、まず海洋処理の実験については来年の夏にハワイで実施する計画です。一方、地中処理のほうは海洋処理よりも早く現実化できそうだということで各国で試験研究が進められており、日本でも今年から5年間、RITEが中心になって研究を行うことが正式に決定されました。
 もちろん、3Rの原則で言えばリデュースが最善であることは確かです。しかし、リデュースとはさっきも言ったとおり化石燃料を使うなということで、長期的にはあり得るとしても、今すぐというのは無理があります。原子力も国民すべてが賛成しているわけではないし、自然エネルギーといっても、そのポテンシャルはずっと低く化石燃料に代わることは難しい。
 そうであれば、少なくとも21世紀の中葉まではやはり化石燃料を使いながら、同時にCO
2の排出量を少なくすることが最も現実的な対策と言えます。そして、そのためにはエネルギー効率を上げるか、CO2を回収処理するしか方法はありません。
 そういう意味では、大体自分の考える方向の仕事がRITEでもできるようになってきたと思います。自分の手で問題解決のきっかけを掴むことができたのはたいへん幸福なことです。

 

●塩ビ・プラスチックは高度利用の徹底を

 

  エネルギー効率の向上については、先ほど冷房温度の問題で触れたように、エネルギー消費を増やさずに快適性を実現するということがポイントです。そういう側面の検討を国が推進しなければなりませんし、我々もやるべきだと思っています。
 もっとも、家屋についてはエネルギー効率を高めるための研究が最近いろいろ出てきているようです。塩ビでも断熱性の優れた窓枠などが開発されていると聞いていますが、確かに窓枠というのは案外重要な部分で、科学技術振興事業団のサポートで北海道大学のグループが行ったローエネルギーハウスの研究でも、いちばんの問題点は窓枠だと指摘されています。他をいくら断熱しても窓枠から集中的に熱が逃げてしまうわけですから、断熱性の高い材料が非常に重要であることは確かです。
 ただ、塩ビの窓枠も家を解体した後で全部捨ててしまったり、そのまま燃やしてしまったりというのでは問題です。まずは資源として使い、次にリサイクルしてとことん使い切った後、最終的にサーマルリサイクルするという利用法を徹底することです。
 塩ビに限らず、プラスチックは石油資源を原料としています。そのことが直ちに怪しからんとは思いませんが、方向としてはできるだけ高度な利用に変えていくことを考えるべきでしょう。天然ガスにしても今は都市ガスに使っていますが、将来的にはもっと高度な用途に天然ガスを使って、民生の熱源などはその廃熱を利用する方向に変えていくのが筋だと思います。そうやって化石燃料の寿命を伸ばす技術を皆で考えていかなければなりません。

 

●地球環境保全へ、企業トップは指導力を持て

 

  地球環境保全に向けて産業界がどんな責務を果たすべきかというのは非常に難しい問題ですが、たまたま日本経済調査協会の環境経営の在り方に関する委員会に主査として参加したお陰で、様々な企業の話を聞く機会がありました。現在、具体的な提言をまとめる作業をしている最中ですが、いろいろ議論をしてみて強く感じたのは、どうやらポイントが2つあるらしい、ということです。
 そのひとつはリーダーシップの重要性です。環境問題のように生産そのものに直接関わらないテーマを下から盛り上げていくのは非常に困難なことで、やはり、社長なり会長なり上の人間が率先して従業員を引っ張っていくという姿勢が大切です。
 2つめは、これとは裏腹ですが、やはり従業員一人一人が当たり前の環境意識を持つことが大事だということです。最近の日本人が平気で道にモノを捨てるのを見ても、私は日本人の環境意識はかなり下がってきているのではないかと感じています。
 国民の基本道徳を何とか普通にしなければならないということは環境問題では基本認識ですが、企業も同様です。従業員が自分の回りをきれいにすることが基本で、そういう当たり前の精神を従業員が忘れないようにしなければなりません。今の日本でいちばん抜けているのはこの点だと思います。

 

●「危険の克服」こそ人類の知恵

 
  ところで、化学物質については環境ホルモンやダイオキシンの問題から予防原則が議論されているようですが、この問題ははっきり言って私にはよく分かりません。
 これが「因果関係は証明できなくとも被害の恐れがあれば早めに手を打つ」という意味であれば、オゾン層の問題でもフロンの問題でも、最近の地球環境問題の流れはまさしくそうした予防型になってきていることは確かです。しかし、単に「怖いものには手を出さない」というだけの意味ならば、これはちょっと困ります。
 原子力にしても一歩間違えば大事故につながる可能性を持っていますが、最早原子力なしで我々の生活を維持することはできません。現実問題として、そういう危険をある程度克服した上に現代文明は成り立っているのであって、そうした克服の努力こそ人類の進歩の原因だったのではないかという気がします。危険があるからすぐ止めてしまうといった姿勢は退歩につながりかねません。もともと我々の社会には全く無害なものなどあり得ないのですから、それをどうコントロールして危険を乗り越えていくかが、人類の知恵であり文明だと思います。
 

 

■プロフィール 茅 陽一(かや よういち)
 昭和9年北海道生まれ。東京大学数物系大学院博士課程修了。工学博士。米国マサチューセッツ工科大学講師などを経て、昭和53年東京大学工学部教授、平成7年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授、同8年科学技術振興事業団環境関連研究統括、同10年から(財)地球産業環境技術研究機構副理事長・研究所長を併任。現在慶應義塾大学客員教授、東京大学名誉教授。エネルギー・環境を対象とするシステム工学の第一人者で、ローマクラブの最年少会員の1人として活動に参加して以降一貫して環境問題に取り組む。現在も地球温暖化問題などで重要な提言を示し続けている。東京都科学技術功労者(平成7年)、環境功労者(同9年)のほか受賞歴多数。主な著書に『エネルギーアナリシス』『地球時代の電気エネルギー』『日本のエネルギー・デザイン』(監修)など。