1997年9月 No.22
 
ISO 14000シリーズと企業の環境活動

  進むエコラベルの規格作り、環境コミュニケーションが企業活動の必須条件に

 

 麗澤大学 国際経済学部教授 大橋 照枝

●国際貿易のパスポート、企業の取得続く

 
 現代の産業社会が21世紀に生き残れるかどうかという問題は、1992年の地球サミットで提唱された<持続可能な開発>、そして<環境管理>を実現できるかどうかという点にかかっています。
 ISO(国際標準化機構)の14000シリーズは、この課題を実現するための<環境管理の国際規格>であり、ビジネス界の自主基準にすぎないとはいえ、世界に共通する国際貿易のパスポートとして、その意味は極めて大きいと言わねばなりません。
 14000シリーズの環境管理部会(TC207)の検討作業は、地球サミットの翌年1993年6月からスタートしました。現在、6つの分科会(SC)と1つのワーキンググループを設けて作業が進められており、このうち第1分科会と第2分科会の規格(14001、14004、14010、14011、14012)が、昨年の9月と10月に発行されています。
これらの規格は日本でも既に翻訳されて環境JIS化されていますが、特に審査認証の対象となる14001(環境管理システムの仕様書)については、これがないと貿易に支障をきたすということで企業の取得があいついでおり、今年7月2日現在でその件数は330件に達しています。
 また、最近は企業ばかりでなく自治体や金融機関なども非常に関心を持ち始めています。海外の金融機関の中には、スイス銀行のように14001を融資の基準のひとつとするところも出てきているほどです。
 

●エコラベルの規格、来年から順次発効へ

 
 一方、私が国内対応委員を務めている第3分科会のエコラベル(商品の環境ラベリング)のでは、現在、3つのタイプに分けて規格作りが進められています。すなわち、タイプ1がエコマーク、タイプ2は自己宣言による環境主張(広告等)、タイプ3が環境表示ですが、タイプ2の中には広告だけでなく記述、シンボル、製品包装のグラフィック、製品説明書、広報など環境コミュニケーションに関わるあらゆる要素が含まれています。
 エコラベルの規格はシリーズの番号で言うと14020番代で、14020が基本原則、14021が環境広告の用語と定義、14022がシンボル、14023が試験と検証方法となります。このうち、14021についてはDIS(国際規格原案)投票が行われましたが、否決されてしまいました。
 ただ、今年始めのサンフランシスコ会議で14021〜23の3つを一本化することが決まっており、12月のマドリッド会議でその統合案が大体固まりDISにする投票も予定されています。従って、14021はこの合体案ができれば単独の基準でなく合体案に組み込まれます(なお、第3分科会で最も遅れているのはタイプVの環境表示に関する作業です。これは第5分科会で決められるライフサイクルインベントリーやライフサイクル・インパクト・アナリシスの規格がきちっとできないと先に進まないという問題もあります。さらにタイプ(企)のインベントリーとインパクト分析のノウハウを確立しているのは、アメリカのNPO(非営利組織)であるSCS(Scientific CertificationSystems)ぐらいしかなく、データを取るのも難しいため、規格づくりは困難が予想されます)。
 いずれにしても、環境広告の規格はこれから具体化してきます。広告・広報・PR活動などと環境活動が連動していない企業、つまり環境コミュニケーションの遅れた企業はもはや生き残ることのできない時代がやってくるわけです。
 

●立ち遅れる日本の環境コミュニケーション

 
 環境コミュニケーションは、これからの環境マーケティングの根幹をなすものであり、マーケティングの4PといわれるPRODUCT(商品)、PRICE(価格)、PLACE(流通経路)、PROMOTION(販売促進)の中のPROMOTIONを実現するための重要な手段です。
 では、環境マーケティングとは何かと言えば、「エコロジー(生態系との調和)とエコノミー(経済性)を両立させるマーケティング手法であり、企業努力と社会システムの確立によって、『地球環境負荷の低減』と『利益の追求』の両立をめざすもの。商品・サービスの企画、開発、生産、物流、販売から、リサイクル、広報までの活動を通じ、『ゆりかごから墓場まで』の全プロセスで環境負荷を最小にする企業活動である」と定義できます。
 つまり、冒頭申し上げた<持続可能な開発>の実現に環境マーケティングは欠くことのできないものであり、中でも特に大切なのが環境コミュニケーションだと言えるわけですが、残念なことに日本の企業活動の中で最も遅れているのがこの分野なのです。
 住友生命総合研究所が国立環境研究所の委託で1996年に行った調査(地球環境問題をめぐる消費者の意識と行動が企業戦略に及ぼす影響<企業編>)によれば、「環境について自分たちが取り組んでいる実態を消費者に情報公開していない」という企業が69.3%にも達しています。規模別に見ると上場企業の56.6%、非上場大企業の78.2%、非上場中小企業の78.9%が環境コミュニケーションについて何も対応していないと言えます。
 環境管理システムを整えて14001を取得することも大事ですが、同時に環境コミュニケーションに取り組むことも実はそれ以上に大事なことなのです。
 

●曖昧なイメージ広告は淘汰される

 
 これまでの日本の広告、特に環境広告は、イメージ中心の以心伝心型、曖昧模糊として横並び的なものがほとんどでした。中にはシンボリックで優れたイメージ広告もありましたが、ISOの14021で用語が定義され、14023でその用語が定義どおりに使われているかをチェックする試験と検証の規格が決まってくれば、これまでのような具体性を欠く表現、言わば阿吽(あうん)の呼吸型のコミュニケーション手法は間違いなく淘汰されることになるはずです。
 ISOの14020番代は、14001のように審査認証の対象となるものではありません。あくまで企業の自己責任として取り組むべきものですが、従来のイメージ中心の広告やコミュニケーション活動では世界からレベルが低いと見なされますし、とりわけ輸出商品の広告であいまいな表現をしては海外では全く通用しないということになってしまうでしょう。
 その点、ドイツの広告は日本の先を行っています。『18トンのトラックの騒音より、18ポンドの赤ちゃんの泣き声のほうが大きい』(メルセデス・ベンツ)、『ルフトハンザ航空のエアバスは3.7リットルの燃料で100キロメートル航行できる。地上の小型車より少なくて済む』といった、具体性、実証性、客観性、論理性を重んじるコミュニケーションで成り立っているのです。  これからは環境コミュニケーションの視点でつくる環境広告が日本企業にとって避けて通れない課題となってくるでしょう。広告業界も遅ればせながら取り組みを始めようとしています。
 プラスチック業界も、環境に良い素材を開発して、それをユーザーに広めていくといった活動と同時に、自分たちも地球市民の一員であるという意識で環境コミュニケーションに取り組んでいただきたい。自分が市民であったらどういうコミュニケーションを望むかというスタンス、そういう基本的な自覚を持って企業経営に当たっていただきたいと思います。

 
■プロフィール 大橋 照枝(おおはし てるえ)
1963年、京都大学文学部哲学科(社会学専攻)卒。(株)大広マー ケティング・ディレクター、国学院大学栃木短大助教授を経て1992年から現職(専攻:社会学、環境マーケティング論、広告論、女性論)。日本商業学会理事、日本広告学会評議員、ISO/TC207のSC3対応国内委員会委員。1980年『週刊東洋経済』創刊85周年記念懸賞論文入賞、1984年『週刊東洋経済』第1回高橋亀吉賞入選、1992年『パーソナル消費時代のマーケティング戦略情報システム』(TBSブリタニカ)により第7回電気通信普及財団賞奨励賞受賞。『未婚化の社会学』(NHKブックス)、『環境マーケティング戦略』(東洋経済新報社)、『環境コミュニケーション入門』(日本経済新聞社、共著)ほか多数の著書がある。