1995年6月 No.13
 
「持続可能な発展」の実現をめざして

  ―「循環型社会」へ向けた研究の現状、そして塩ビへのアドバイス
  

 国立環境研究所 社会環境システム部長 後藤 典弘

●「アジェンダ21」以後の流れ

 
  地球環境の問題は‘92年の地球サミットを契機に大きな進展を見るようになりました。ご承知のようにこの会議では、持続可能な発展へ向けての行動に関する世界的合意が「アジェンダ21」としてまとめられています。
  「アジェンダ21」とは、要するに、人類が21世紀以降も生きのびるためには、今までの生き方、経済り仕組みを根本的に変えて、「循環を基調とする経済社会システム」を構築していかなければならないということに世界が合意したことを示すものであり、これ以降の動きはすべてがひとつの方向をめざした取り組みにほかならないと言えるでしょう。
  日本について言えば、平成3年のリサイクル法施行と廃掃法の大改正から、同5年の環境基本法の成立、昨年暮れの環境基本計画のとりまとめを経て、現在論議を呼んでいる新法案(容器包装の分別収集及び再商品化の促進に関する法律案)へと至る法整備の流れも、基本的にはこの方向をめざしたものです。行政はいまようやく「持続可能な発展」におおよその道筋をつけた段階にあると言えます。
 

●インダストリアル・エコロジー

 
  一方、研究の分野でもこれまでの研究を体系化した大きな動きが、日米欧を中心に始まろうとしています。それは、インダストリアル・エコロジーと呼ばれる研究で、私自身いま最大の関心を持って取り組んでいる研究テーマでもあります。
  インダストリアル・エコロジー。とりあえず産業生態学とでも訳しておきますが、この学問は、産業のシステムを自然の生態系になぞらえて、できるだけ自然に近い産業のエコシステムに転換とようというものです。
  自然の生態系では全ての物質が循環しています。それらの物質は、その役割によって生産者(植物)、消費者(動物)、分解者(バクテリア)の3つに分けられる生物群の間を物質代謝しながら、閉じた系の中でぐるぐる回っているのです。
  つまり、自然界には、無機物も含めて無用な物質、生物は何ひとつ、ないのです。自然の中に廃棄物は存在しないのであって、人間の社会だけがそれを生み出しているのです。
 インダストリアル・エコロジーとは、そういう自然の仕組みを産業構造の中に取り入れていこうとする学問のことで、例えばひとつの産業から出た廃棄物が他の産業の原料になるようなシステムを、環境監査やLCA、リサイクルの手法も含めて作っていくといった研究が進められています。
  昨年の5月には、米国のカリフォルニア州で第1回目の産業生態学国際会議が開催され、私も招かれて基調講演をしてきました。今年の2月には、研究の現状をまとめた初めての教科書とも言うべき本も米国で出版されています。
  インダストリアル・エコロジーは、持続不可能な社会を持続可能な社会に変えていくための学問的体系の第一歩なのです。そういう大きな動きが、世界の研究者によって進みはじめている。実のところ、いまの私はこの研究にほとんど埋没し切っている状態です。
 

●塩ビへのアドバイス1 《情報発信》

 
  ここで、せっかくですから、研究者としての私の体験から塩ビ業界の方々へ3つほど提言というか、アドバイスを申し上げてみたいと思います。
  そのひとつは情報発信の問題です。平成3年から様々な業界がそれぞれの素材についてリサイクル活動を始めていますが、率直に言って、ひとつだけ私が気にかかっているのは、どの業界も自分のところの素材をできるだけ使わせることを前提にリサイクルを推進しているということです。
  現代の社会は、市場経済、つまり消費者のデマンドによって動く社会であり、そうである以上、包装容器についても経済学的に消費者に「選ぶ選択肢」がなければなりません。しかも、その選択肢の中には、「容器を使わない」というオプションまで含まれていなければならないはすです。そして、どの容器を選ぶか、あるいは全く使わないかを判断するには、素材に関する正確な情報が不可欠であることはいうまでもありません。
  つまり私が言いたいのは、業界は「使わせること」を前提としたリサイクルを考える前に、まずは消費者の判断のより所となる正確な情報をきちっと出すべきだということなのです。
  塩ビ業界も、あまたあるポリマーの中で塩ビという素材がどんな位置づけにあるかをはっきりさせ、それを情報として的確に示した上で、リサイクルなり適正処理なりを論じるべきだと思います。そうでない限り、どんな言葉も、あるいは広報活動も説得力を失い、社会には受け入れられなくなってしまいます。つまり、持続可能な発展にはつながらないということです。
 
 リスクを管理して賢明に使う
  ところで、私はいま「ポリマーの中の塩ビの位置」と言いましたが、それはいったいどういうことなのでしょうか。化学者の目から見ると、塩ビは他のポリマーと異なる非常に特殊な性格を持っています。それは塩ビという素材は塩素が入った物質であるということです。
  自然界には、有機塩素化合物、もっと広く言えば、有機ハロゲン化合物はほとんど、あるいはごく微量にしか存在しません。それが何を意味するかと言えば、基本的には塩ビは生物、地球にとって相対的に環境リスクの高いポリマーだということなのです。
 ただし、この“相対的”という点に注意してください。私は何も塩ビを使うなと言っているのではありません。環境リスクは、1000万種を超える化学物質の全てが有しています。塩ビだけの問題ではないのです。環境リスクは相対的に計られるべき、これを一般に理解してもらうには時間がかかるでしょうが、少なくとも化学者が「リスクがあるから使うな」などといったら、その人は化学者失格と言うべきでしょう。
 ですから、塩ビにリスクがあると認めることを恐れる必要は少しもありません。大事なのは、塩ビ業界の関係者がそういう塩ビの環境上の位置づけを自ら理解し、そのリスクをきっちりと公開すること、そして、その上でリスクを管理しながら賢明に使っていくということです。環境リスクさえ管理できれば、塩ビには有用な使い道はまだたくさんあるのですから。
 

●アドバイス2 《リサイクルの優劣順位》

 
  第2はリサイクルの問題です。リサイクルとは、回収→再生→利用という3つの連携するステップがあって初めて成立するもので、この3つが揃わないと循環の輪が閉じない。これが原則です。
  一方、リサイクルの手法には(無価値なものから価値あるものを生み出すと広義に解釈した場合)、物質回収、エネルギー回収、さらに私が用地回収といっている焼却灰や残渣を埋め立てて土地を回収するという3つの方法がありますが、いずれにしてもリサイクルするにはやはり新たなエネルギーや資源が必要であり、その必要量が少ないほど、手法としては優れていると評価できます。つまり、リサイクルの手法にもはっきりとしたプライオリティーがある。これを意識することが大事です。
  ところで、最近のプラスチック業界は、分別回収が難しいから再生するためには燃やすしかないという方向に向かいつつあるようですが、エネルギー回収もリサイクルのひとつですからそれもいいでしょう。しかし、例えば燃やすことによって、いったいどれだけの熱効率が得られるのかといったことをはっきりさせてモノを言わないと、説得力が感じられません。
  塩ビのリサイクルについても同様です。回収→再生→利用の輪を常に意識しながらいろいろな塩ビの用途ごとに、どのリサイクル手法が最も効果的なのかを見極めて、それぞれにプライオリティーをちゃんとつけて、それに従って戦略をたてて実施していくことが必要だと思います。
 

●アドバイス3 《エネルギー回収の問題》

 
  3番目のアドバイスは、いまの問題に関連します。つまり、エネルギー回収の問題です。
 エネルギー回収には、燃料回収と直接熱回収(焼却)の2つがありますが、プライオリティーの点から言うと、明らかに燃料回収が先にきます。直接回収は、トータルの熱効率が極めて悪いし、エネルギーの保存がきかない上、需要と供給がマッチングしない、つまり、先程の「利用」のステップがうまくいかないのです。
  ただし、燃料回収にも問題がないわけではありません。少し煩雑になりますが、燃料回収を細かく分けると固形燃料化と熱分解があり、さらに熱分解は液化(油化)とガス化、さらに炭化などに分かれます。私は、この中の油化については非常に懐疑的なのです。
 最近、プラスチックの油化システムが実用段階に入ったようなことが言われますが、私に言わせれば、まだまだ努力が必要な技術だと思います。熱分解の中では、むしろガス化の方が、保存性の問題は残るものの、まだ有望かもしれません。
  ただ、塩ビについてはひとつだけ、技術的には塩化水素をできるだけ早い時期に抜いて、分解過程と分離しておく方が得策だろうということは言えるでしょう。同時に、生成する種々の化学物質についても環境面から検討することが必要です。
  繰り返しますが、塩ビ業界もリサイクル手法の優劣・優先順位を正確に見定め、しっかりとした戦略をたてて、循環型社会の完成に努力していってくださることをお願いします。
 
■略歴 後藤典弘(ごとう・すけひろ)
 1939年、東京都生まれ。早大第1理工学部(応用化学)卒。米ウィスコンシン大学大学院留学、博士号(ph.D)取得。1975年、環境庁国立公害研究所(現国立環境研究所)入所。環境情報部長等を経て、現職。他に中央環境審議会専門委員、廃棄物学会理事・国際委員会顧問、東京大学非常勤講師等をつとめる。