2019年11月 No.108 

特集 文化遺産と塩ビ レポート 2

「太陽の塔」から自動車のラッピングまで

スリーエム ジャパン㈱が切り開く、塩ビグラフィックフィルムの多彩な用途

写真:新幹線ゼロ系電車
写真:車輌の床に敷き詰められた塩ビ床材

昭和史に残るビッグイベント・大阪万博(EXPO70)のシンボルとして制作された「太陽の塔」。その頂きに輝く「黄金の顔」に塩ビのマーキングフィルムが使われていたことは、知る人ぞ知る歴史トリビアのひとつ。文化遺産と塩ビの関わりを語る上で欠くことのできないエピソードです。金色のフィルムを製造したのは、総合化学メーカーのスリーエム ジャパン㈱。得意の粘着接合技術を駆使してグラフィックフィルムの可能性を切り開いてきた同社の取組みから、文化への貢献、そして製品開発の最先端事情に迫ります。

現代アートと合成樹脂の造形性

 「太陽の塔」を設計・デザインしたのは、昭和を代表する芸術家・岡本太郎。2つの顔を持つ巨大な鳥が羽ばたくかに見える特異な造形は、「人類の進歩と調和」をテーマとする大阪万博のイメージを決定づけるほどの強烈なインパクトを放ち、人々の胸に深い印象を残しました。
 「黄金の顔」は人類の未来を表現したもので、直径10.6mのステンレス鋼板に金色の塩ビマーキングフィルムが貼られています。また、塔中央の「太陽の顔」には繊維強化プラスチック(FRP)と発砲ウレタンが使用されており、岡本太郎が現代アートの素材として合成樹脂の可能性を高く評価していたことがうかがわれます。
 「太陽の塔」は、博覧会終了後も大阪府吹田市の万博記念公園に保存され人々に親しまれてきましたが、傷みが激しくなったことから1994年に改修工事が行われ、「黄金の顔」についても、改修前の一時期用いられていた塗装を改めて、再び塩ビフィルムが施工されることとなりました。それから既に四半世紀。金色の輝きは未だに鮮やかな光彩を保ち続けています。

成田国際空港、東京国立博物館、スリーエム ジャパンのコラボによる空港ミニギャラリー。
東博所蔵の日本美術のデータを3Mのペイントフィルムに印刷して、空港ターミナルの通路壁面を飾る。
これも文化遺産への新たな貢献の姿と言える。

スリーエム ジャパン㈱

 スティーブン・ヴァンダーロウ社長、本社東京都品川区。米国ミネソタ州を本拠地とする世界的化学メーカー・3M Company(3つのMは、MinnesotaMining & Manufacturing の頭文字)の日本法人で、1960年にアジア初の現地法人(日本ミネソタスリーエム)として設立。
 米3Mは1902年、鉱山の採掘業からスタートした後、車両用の研磨材やマスキングテープなどの開発を経て領域を拡大。現在、51の基幹技術を組み合わせて約55,000種もの製品を世界で展開している。マスキングテープに始まる接着接合技術の分野でも、粘着テープ、グラフィックフィルム(マーキングフィルムなど)、歯科用ボンド、液晶の輝度上昇フィルムなど多彩な製品がラインナップされている。のり付き付箋の代名詞「ポスト・イット」も同社の主力製品のひとつ。
 スリーエム ジャパンは、マーキングフィルムでは国内のリーディングカンパニーであり、水性ボンドなど、同社が世界に先駆けて開発した製品も多い。また、政府のBeyond2020プログラム(多様性や国際性に配慮した文化活動・事業を政府が認証し、日本文化の魅力を国内外に発信する取組み)に参加するなど、文化活動にも積極的だ。

細部に宿る細心の工夫

 近年、「インクジェットプリンタなどデジタル印刷の進歩とも相俟って、塩ビフィルムのグラフィカルな用途は急速に拡大しています。マーキングフィルム、ペイントフィルムなど用途に応じてフィルムの種類も多様化し、現在では、屋外の看板、自動車、鉄道、飛行機、さらには建物の床、壁面、エレベータの扉など、様々なシーンで彩り豊かな同社の製品が活躍するようになっています。
 「グラフィックフィルムには、デザイン性、耐候性、耐久性などのほか、複雑な形状でもきれいに貼れる追随性、位置決め位置直しが楽にできる施工性、糊残りせずに簡単に剥がせる再剥離性などが求められる。そうしたニーズに応えるため、当社では製品の細部に至るまで様々な改良工夫を重ねてきた」(グラフィックス&アーキテクチュラルマーケット事業部・芥川智思マネジャーの説明。下の図参照)
 最近の製品開発の動きとしては、車輌や店舗の看板などに未経験者でも5分(ステッカーサイズA2程度の場合)で貼れる超簡単施工グラフィックフィルムの発売(2015年)、同社指定の素材を使って認定店が製作したグラフィックスについて施工後最長6年まで耐候性(ひび割れ、変色しない)を保証するMCS保証プログラムなどが話題になっていますが、今年新シリーズが発売されたばかりのラップフィルムも、カーマニアを中心に人気上昇中の製品です。

写真:伊藤室長
写真:伊藤室長
3Mグラフィックフィルムの構造と粘着力の秘密
3Mのグラフィックフィルムは、粘着材、印刷を乗せるベースフィルム、印刷面を保護するオーバーラミネートの3層構造が基本(左の図)。
粘着材には、位置合わせの時の無用な貼り付きを防ぐため微小なガラスのビーズが埋込まれているほか、表面には空気抜きのためのミゾが切られている(右の図)。圧力を加えるとビーズが粘着材の中にめり込んでしっかり貼れる仕組みで、気泡による貼りムラもできない。この工夫により、施工性が大きく高まった。

ラップフィルムで簡単カラーチェンジ

 ラップフィルムとは、自動車などの塗装面に貼って手軽にカラーチェンジできる、言わば着せ替え用フィルムのことで、2011年に第一弾(3Mラップフィルム シリーズ1080)、今年9月には、その進化形(柔軟性の向上など)となる新シリーズ(シリーズ2080)が発売されています。豊富なカラーバリエーション(2080シリーズはブラック、パール、オレンジなど34色)に加え、グロス(光沢)やマット(艶消し)など、質感の違うタイプも揃っているため、ユーザーは好みの色や質感で愛車のお色直しを楽しむことができます。

写真:ラッピングフィルムの施工風景。約1.5mのワイド幅なので、ボンネットなどのラッピングが継ぎ目のない1枚貼りで美しく仕上がる
ラッピングフィルムの施工風景。約1.5mのワイド幅なので、ボンネットなどのラッピングが継ぎ目のない1枚貼りで美しく仕上がる

 「ラップフィルムは洗車や気象条件の変化にも耐えるだけの耐久性を備えている。施工は専門の技術を持ったプロが行うが、温めながら伸ばしていくので、熱可塑性である塩ビの良さが生きて、車体の曲面に柔軟に追従する。ミラーやボンネットなど部分だけ色を変えてカスタマイズすることもできるし、再剥離も容易だ」(芥川マネジャー)。
 中には「新車を買ってすぐにラッピングする人もいる」とのこと。その仕上がりの美しさを見れば、一日も早く試してみたくなるのもナットクの出来映えと言えます。

写真:芥川マネジャー(本社エントランスフロアで)
芥川マネジャー(本社エントランスフロアで)