2018年3月 No.103
 

特集 防火安全と樹脂建材

インタビュー

今号の特集は防火安全と樹脂建材がテーマです。火災から建物を守る上で樹脂建材は有効なのか、そして、樹脂そのものの火災安全はどう評価されているのか。IMO(国際海事機関)、ISO(国際標準化機構)、IEC(国際電気標準会議)などで要職を歴任し、防火研究の分野で世界的に知られる吉田公一先生に、国際機関の議論の状況、樹脂建材の評価などを伺いました。

火災安全が証明されれば、樹脂建材の使い道は多彩
横浜国立大学統合的海洋教育・研究センター客員教授
一般財団法人日本舶用品検定協会調査研究部専任部長
吉田 公一 氏

●火災安全をめぐる国際機関の連携

─先生はもともと船舶の火災安全がご専門で、その後建築材料の火災安全まで領域を広げられたと伺っています。火災安全という点では、船舶と建築物で共通する部分が多いのでしょうか。

 そうですね。学校を出てから船舶艤装品研究所(現製品安全評価センター)という所で船舶の防火構造の研究を始めたのですが、当時(1970年代)の日本では、船舶の防火に関する知見が少なくて、研究の必要から建築関係の防火の先生に教えを乞うて勉強を始めたのです。そういう意味では、船舶の防火に関する私の研究は建材の知見が元になっているとも言えます。
 その後IMO、ISO、IECといった機関で火災安全の議論に関わってきましたが、こうした国際的な機関も、やはりそれぞれが連携して、お互いの知見を利用し合っています。例えばISOのTC92は建材を中心とした火災安全の標準化を検討する委員会ですが、そこで開発された試験方法のガイドラインはIMOでも利用しているし、日本の建築基準法の改正(2000年)のベースにもなっている。また、プラスチック全般を扱うTC61が作った燃焼性の試験方法は、その後IECのTC89に移管又は引用され、電気製品材料の不燃性をランク付けするスタンダードとして使われているといった例もあります。

●「海上人命安全条約」の改正

─最近は船舶でも樹脂建材が増えているようですが、火災安全性はどう評価されているのでしょう。

 船の安全を守るための国際的な協定である「海上人命安全条約」では「船舶の構造は不燃性材料で作れ」ということになっているので、小型漁船などの船体にFRPを使っているケースを除けば、大型の客船とか貨物船の構造部分でプラスチックを使うことはほとんどありませんでした。
 ところが、1990年代頃から、船舶の大型化に伴ってプラスチック製のユニットキャビンが使われるようになってきた。陸上で組み立てて船上に並べるだけなので利便性はとても高いのですが、一方で条約違反を避けるためにスチール製と同等の火災安全性を証明することが求められました。その時、ちょうど私がIMOの防火小委員会の議長だったので、条約の防火規制の大改革をやって、スチールと同等の火災安全であればプラスチックのキャビンも認めるということになりました。
 日本の建築基準法が改正されたのも同時期です。斬新な建築が増えて従来の防火基準では合わないということで、シミュレーションとか一部実験で相対的に火災安全が証明されれば、新建材も使ってかまわないということになった。船と同様、性能ベースで評価するということが、日本の建築と海の国際条約とで、同時に認められたわけです。

●燃焼発熱量の測定が基本

─火災安全の実験というのはどんなことをするのですか?

 基本的には材料の燃焼発熱量を計ることが基本となります。燃焼発熱量が分かれば実際の火災の広がりの早さとか度合いの見当が付けられるので、燃焼発熱量の測定が基本になるというのが、私がこれまでやってきたことの帰結のひとつです。
 これについては、コーンカロリーメーターという装置を使った試験方法(10センチ角の材料を電熱ヒーターで加熱して燃焼発生熱量を測定する)がいま世界中に広まっていて、日本ではその測定結果に基づいて不燃とか、準不燃とか、難燃とかのグレード分けが行われています。それだけで不十分な場合は、ルームコーナー火災試験で確認する方法もあります。6畳間ほどのモデルルームの壁と天井に試験材料を張り付け、部屋の隅にバーナーで火炎を発生させて、燃焼の広がりや発熱量を調べるのですが、この2つ、材料の燃焼発熱量試験と火災試験で、実際の火災の広がりが関係づけられるようになりました。
 ということで、建材や船ばかりでなく、今はいろいろな材料でこれらの試験方法を使っています。コンピュータや液晶テレビの筐体に使うプラスチックなども、その基準に沿って要求されていると思います。それに即して樹脂メーカーが難燃剤の研究などを行っているわけです。

●火災安全、耐久性、デザインのバランス

─火災安全との関係で、樹脂建材の需要は今後広がっていくと思われますか。

吉田公一

 プラスチックの利点は形状の自由度が高いこと。従来のスチールベースだと、どうしても角張ったり溶接が必要だったりと手間が掛ります。ですから、火災安全が証明できさえすれば、さっきの船のユニットキャビンのように、手間を省き生産性を上げるという点で使える部分は多いと思います。さらに、燃焼の広がりが遅いとかガスの発生が少ないといった要求に合致するような樹脂を開発すればいくらでも使えると思いますが、一方で耐久性やデザイン、見栄えも必要なので、その兼ね合いでどんな開発をするか、ということがポイントになってくるでしょうね。
 塩ビはハロゲン系なので難燃性が高い。塩化水素ガスの発生は気になりますが、他のプラスチックよりは燃えにくいと評価できます。船舶の居住部分に塩ビ壁紙や床材が沢山使われているのもその点が大きい。
 ほかにも、貨物船の部屋の内装にはスチールに塩ビをコーティングした塩ビ鋼板が多く使われています。これも昔は各国独自の火災試験を受けて使用しなければならなかったのですが、メーカーの便宜のために規格を統一しようということで、前述のとおり、ISO/TC92が作った試験方法(不燃性試験など)を利用して、IMOとして国際規格を作っています。(IMOの火災試験方法コード)

●宇宙ステーションの火災安全向上など、注目の取組みも

─樹脂建材に関して、最近のISOなどで何か新しい動きはありますか。

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)が国際宇宙ステーションの一部に「きぼう」という実験棟を作って研究を進めていますが、ステーション内で火災が起きたら致命的だということで、日本が音頭を取って火災安全性向上のためのプロジェクト(FLARE)を立ち上げました。これを受けてISOでも、TC61とTC92の2つに跨がって、電気がスパークしても発火しない材料とか、微小重力において自己消火性のある材料などを選ぶ取組みを開始しています。宇宙ステーションには、電線被覆などに不燃性の高い塩ビが多く使われていますが、この取組みは従来にない分野として注目されます。
 それと、プラスチック管についてTC61が燃焼試験方法の開発をスタートします。既にIMOでも管の使用に関するガイドラインを作っているのですが、それでは足りないので、去年のISO/TC61/SC4会議で私が発案して、中に水が入っている時の燃焼性状といったことを今年から1つずつやっていく予定です。

 

【プロフィール】

 東京大学工学部船舶工学科卒。IMOの防火小委員会、ISO/TC92(火災安全)のSC1(火災の発生と発達小委員会)および本委員会などで議長を務めたほか、ISO/TC61(プラスチック)のSC4(燃焼挙動)、IEC/TC89(電気電子製品の耐火性)などの議論にも深く関わる。日本における火災安全研究の第一人者。